原宿・表参道交差点界隈 ―非現実の入口としての裏通り│BEAMS 青野賢一の「東京徘徊日記」

BEAMS 青野賢一の「東京徘徊日記」

Writer

青野賢一

#005

原宿・表参道交差点界隈 ―非現実の入口としての裏通り

2013-06-02 16:46:00

どんなに表通りが賑やかでも、少し道を逸れて裏通りに入ったり、またそこから角を曲がってみたりすると、時間の流れ方が違う場所に出会うことがある。小栗虫太郎『黒死館殺人事件』夢野久作『ドクラマグラ』と並び、日本探偵小説の三大奇書のひとつとされる塔晶夫名義の『虚無への供物』(1964年)がつとに有名な中井英夫の作品集『黒鳥の旅もしくは幻想庭園』(1974年)の中の一篇「街の中にタイムトンネルを見つけた」には、氏が「東京に非現実の入口らしきものを探しに出かけ」た幾つかの場所が記されている。新宿三光町(ゴールデン街あたり、現在の歌舞伎町と新宿5丁目の一部)、六本木交差点近くの深広寺、青山3丁目の梅窓院など、都会のど真ん中にありながら、別世界を垣間見せてくれるそうした場所についての描写は、読者を居ながらにしてそこへと誘う、まさに非現実の入口となっていて、実に秀逸である。
この「街の中にタイムトンネルを見つけた」の初出は1973年。今から40年前も前のものであるが、当時から上記のエリアは都会中の都会であり、現在も相変わらず繁華街としての顔を持ち続けているということが分かる。そのため、私たちはそこにぽっかりと開いた非現実の入口もイメージしやすい。
1964年の東京オリンピックを契機に、東京の街並は近代化がグッと進んだ。競技場の建設は勿論のこと、交通網の整備、宿泊施設の建設も行われた。日本武道館、国立代々木競技場(代々木体育館)、駒沢オリンピック公園などは、競技会場として建設されたものであり、今もその姿をほぼ当時のまま留めている。また、東海道新幹線や一部の首都高速道路も東京オリンピックに合わせて開業し、特に首都高速は都内の風景を変容させた。東京オリンピックのメイン会場のひとつであった代々木体育館の最寄り、原宿には、現在の「東急プラザ表参道原宿」の場所にセントラルアパート(1960年)があったものの、現在のようなファッションの街としての性格は、1978年の「ラフォーレ原宿」開業まで待たねばならない。「街の中にタイムトンネルを見つけた」の頃の原宿は、今とはやや違ったイメージだったのだ。

image2 1965年に完成した「コープ・オリンピア」。名前はもちろんオリンピックにちなんでいる。

原宿は、私の勤め先ということもあり、長年慣れ親しんだ街であるのだが、ここにも喧噪とはかけ離れた、あるいはいつの時代か分からなくなってしまうような場所というものがある。そこで現代版「街の中にタイムトンネルを見つけた」よろしく、何ヶ所か巡ってみることにした。
JR原宿駅から表参道に出て、ジャニーズショップの方へ向かっていく路地に入ると、塀の向こうに鬱蒼と茂る木々が目につく。日差しの強い季節でも、ここだけはなんだか涼し気だ。その少し先は空き地。いつ空き地になったのかも分からないここは、非常に空き地らしい空き地で、昭和の頃を思わせる。

image3 本文に登場する空き地。遠くに見える尖った建物は「NTTドコモ代々木ビル」。

表参道に戻り、ラフォーレ原宿方面に歩みを進め、また別の路地に入る。右手には、ラフォーレ原宿にあるカフェ「CAFE de F.O.B」、左手には浮世絵専門美術館として有名な「太田記念美術館」がある。もうなくなってしまった、地下の甘味処も懐かしい。

image4 「CAFE de F.O.B」入口あたり。夏場はテラス席が心地よい。

そのまま直進して、道なりに右折すると明治通りに出るのだが、そちらに行かず左に折れると、ベルギービールの店「ブラッセルズ」がぽつんと存在している。夜には何度も訪れたことのあるこの一角は、昼間改めて見ると一層静けさを感じる(原宿の夜は早いので、夜は表通りも比較的静かだ)。竹下通りと表参道に挟まれたこのあたりは、大きな商業施設もなく、昔と大きく印象は変らない。明治通りを越えて、表参道の左右の裏手に色々と店舗が出来たのとは対照的である。この、置き去りにされたような一帯を、私はなかなか気に入っている。

image5 「ブラッセルズ」の入っている建物。夜間には気付かなかったがどこかヨーロッパ風の佇まいだ。

非現実の入口といえば、以前こんなことがあった。深夜、仕事を終えて、用事のあった渋谷に向かおうと、原宿の事務所から歩いていた。いつもなら水無橋からファイヤー通りへと抜けて行くのだが、その日は何を思ったか、違うところで曲がってみた(多分、その方が早いと思ったのだろう)。このあたりは知らないわけではないし、と勘を頼りに歩いてみたものの、どんどん目指す方からは遠ざかり、気付いたら山手線の線路脇の行き止まりになっているところまで来てしまった。初めて見た景色だった。仕方ないので少し引き返し、どうにか明治通りまで出たのだが、あれはなんだったのだろうか。再度同じ道を行けと言われても、非常に記憶が曖昧で行ける気がしない。まるで夢の中の出来事のようだ。

image6

小説以外のテキストをまとめた中井英夫の作品集。百科事典の編集に携わっていた氏が、百科事典とコンピュータとの結びつきを考える話や、絵画、音楽、歌舞伎、舞踊などに触れたエッセイなどを収録。/
『黒鳥の旅もしくは幻想庭園』中井英夫(著)潮出版社刊

最近のコラム

kenichi_aono on Twitter

Facebook

青野賢一さんINFORMATION

BEAMS クリエイティブディレクター
BEAMS RECORDS ディレクター
1968年東京生まれ。明治学院大学在学中にアルバイトとしてBEAMSに入社。卒業後社員となり、販売職を経てプレス職に。〈BEAMS RECORDS〉立ち上げや、ウェブ・スーパーバイザー兼務などの後、2010年より個人のソフト力を活かす、社長直轄部署「ビームス創造研究所」所属。執筆、編集、選曲、DJ、イベントや展示の企画運営、大学での講義など、BEAMSの外での活動を行う。著書に『迷宮行き』(天然文庫/BCCKS)がある。

http://www.beams.co.jp


YouTube