余の辞書に│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#048

余の辞書に

2016-04-08 00:03:00

 先日、母の家へ向かっている途中に、母からメールがきた。『お昼、ナポレオンぐらいだったらできますが、どうしますか?』ナポレオン……。ナポレオンぐらいだったらできる……。どういうことだろうか? 物真似だろうか? 「コロンブスはできないけど、ナポレオンぐらいだったらできます」ということか。いや、もしかしたら『ナポレオン』に『ズ』をつけ忘れたのかもしれない。母がナポレンオンズばりの面白マジックを見せてくれるのかもしれない。あ、ナポレオンという焼酎もあるな。何はともあれ、私は「お願いします」と返信した。家に到着すると、母は台所に立っていた。まな板の上には、玉葱、ピーマン、ベーコン。コンロにはパスタ鍋がのっており、その中では、ぐつぐつと大量の湯が沸いていた。「すぐできるから待ってて」テレビで『王様のブランチ』を見ながら、ブラン娘とJリーガーの根強い繋がり(これまでに何組も結婚している)について考察していると、目の前に昼食が運ばれてきた。ケチャップで赤く染まったパスタからは湯気が立っている。ああ、愛しのナポリタン!「いただきます」自分で作るのもまあまあだけど、母のが一番美味しい。料理に関しては最高に女子力が高い母。腹ペコだった私は、それを一気に平らげた。もぐもぐ。そして、一息つくと母に言った。「じゃあナポレオンをお願いします」それからは「できない」「やってよ」の押し問答。「メールの予測変換機能など言い訳にならない」「自分の言葉には責任を持たなくてはいけない」絶対に引かない私に、母が仕方なく見せたナポレオンの物真似は「いざ出陣!」というものでした。有名な肖像画『サン=ベルナール山からアルプスを越えるボナパルト』からのイメージなのだろうけど、せめて「余の辞書に不可能という文字はない」ぐらい言って欲しかった。

 私の机の上にも辞書が並んでいます。余の辞書は、国語辞典、漢和辞典、類義語辞典、オノマトペ辞典。これらは仕事で使うもの。本棚には英和辞典、スペイン語辞典、フランス語辞典もあります。辞書だけでたいそうな重さだな。電子辞書も持っているけれど、言葉を知るには紙の辞書が一番だといまだに信じています。調べた時に、近くに並んでいる言葉にも目がいくのが良いですね。ちなみにナポリタンの次に書いてあった言葉は、ナポレオンでした。日本ではナポリタンが一人歩きしていますが、もともとナポリ風の料理という意味のようですね。うーん、やはり辞書って大切。自分の言葉に責任を持つために、きちんと言葉の意味を把握していなくてはいけません。特に私は、作家のはしくれなのだから尚更。短編集『色鉛筆専門店』でデビューしたのが2007年、来年で十年。その間に出版した本は……、少なすぎて言いたくない。先日、父である伊集院静センセイと会った時にも、しっかりやりなさいとお叱りを受けました。ペンネームを『根気無し子』に変えたらどうかとまで言われました。この名前、根気も無さそうだけど、女子力も無さそうだな。まあ確かに今の状態では、とてもじゃないが胸をはって「作家です」とは言えないのです。私が、初めて小説を書いたのは『東京カレンダー』のお仕事でした。北海道にある素敵なオーベルジュでの撮影。私は被写体としての仕事だったのですが、その時のカメラマンが作家でもある小林紀晴さんだったので、編集者が「じゃあ二人とも何か書いてみれば?」と言いだしたのが始まりでした。あまりにも軽いスタート。まあ編集者さんは、作家の娘だから何か書けるだろぐらいの気持ちだったのだと思います。それからすぐに連載をいただき、本になり、思い返してみても恵まれた環境でありました。しかし、それも数冊まで。いわゆる新人賞出ではない作家に、出版界が厳しいのは当たり前です。ボツになり紙くずとなった作品も数知れず。一昨年に出版した『バンクーバーの朝日』は、おかげさまで10万部を突破しましたが「どうせノベライズでしょ?」と多くの編集者からは見向きもされません。来年で十年、そろそろ見向いてもらえる作品を世に出さなくてはいけないのです。西山繭子、一念発起!そこでまずやったこと、それは事務所の社長に仕事用の椅子を買ってもらうことでした。(この時点でつまずいている)執筆を始めた当初は、小学校の時に買ってもらったキキララの学習机で原稿を書いていました。その次は、イケアで買った机にニトリの子ども用の椅子を合わせて使っていました。しかし、やはり質の良い大人の文章を書くには、子ども用の椅子に座ってちゃいかん!ということで、誕生日プレゼントに買ってもらうことにしたのです。オフィスチェア専門店で時間をかけて選んだ椅子は、素晴らしく快適で、パソコンでどんなにソリティアをやっても疲れ知らず!ああ、ダメじゃん!ソリティアやってたら、ダメじゃん!小説書けよ、私!うーん、この連載は、きちんと書いてるんですけどね。だって〆切というものがあるから。今、欲しいものは女子力よりも〆切の私です。

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』などがある。

 
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