カリスマ店員│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#060

カリスマ店員

2016-10-08 21:59:00

 先日、衣替えをしていた時、衣裳ケースの中に入れておく防虫剤を買いに行った。その中で一番人気のものを手にとると、それは24個入りだった。効果は一年有効で、私が持っている衣裳ケースの容量に必要な個数は2個。今日これを買って、使い切るまでに12年。その時、私は50歳。大まかに四捨五入をしたら100歳だ。幼少時に通った公文教室のおかげで、次々と脳内ではじかれる数字たち。蛍光灯が煌々と光る薬局で、防虫剤を手にした私は途方に暮れた。これを今買ったら、もう50歳まで私は防虫剤を買わなくてもいい。面倒もなくお金もかからず、素晴らしいことではないか。でも、私が50歳になるまでに防虫剤業界に飛躍的な発展、ノーベル防虫賞なんかが出来ちゃうほどの大事件が起こるかもしれない。しかし、そうなっても私には手元に残った未使用の防虫剤を捨てる心意気はないだろう。いや、そもそも生きているかどうかもわからないじゃないか。私の家で遺品整理をしている家族の手には、未使用の防虫剤。「繭子、これをいつ買ったんだろう」と姉。その隣で涙を拭う年老いた母。「てか、使えるんだったら使えば?まーたん、死んでんだし。てか、俺これから彼女とデートだから早く帰りたいんだけど」と18歳の甥。ああ、サッカーも映画もあんなに連れて行ったのに・・・・・・。私は手にした箱をそっと戻し、別のタイプの防虫剤を買った。それは飴のように袋にばらばらと入っており、衣裳ケースに必要な個数は『使用目安』と書かれていた。効果の有効期間も『4~6ヵ月』と曖昧で、これなら色々とぼやける。私は、その防虫剤を餅まきのごとく大盤振る舞いで衣裳ケースの中にまいた。

 その衣替えで出たいらなくなったものたちを持って、久しぶりにフリーマーケットに参加しました。場所は吉祥寺のパルコ屋上。昔はよく明治公園でやっていましたが、東京オリンピックの工事のため、会場だった霞岳広場はなくなってしまいました。あそこ、空がすこんと抜けていて、気持ち良かったんだよなあ。なので今はもっぱら吉祥寺にあるパルコの屋上。大きくもなく、小さくもなく、私には規模がちょうど良いフリマです。一人で出店したことも、友人と出店したこともありますが、一番多いのは私がカリスマ店員と崇める人との出店です。当日の朝早く、待ち合わせ場所で私を見つけたカリスマ店員は、大きく手を振りました。そして近づいてきた彼女は「お弁当作ってきたよ。おにぎりと、卵焼きと、鮭と」とまるで遠足気分。そして、私も「わーい!ママ、ありがとう!」とにこにこ。そう、カリスマ店員は私の母であります。なぜカリスマ店員かと言いますと、フリマにやって来るお客様の中で、一番多いのが年配のマダムなんですね。そのマダムたちと母は初対面にも関わらずまるで旧知の仲のような会話ができるのです。カリスマ店員(以後カ)「暑いわね」客「ねえ、本当に。でも私、長袖じゃなきゃダメなのよ。ほら、アレルギーでしょ?」カ「ああ、そうよねえ」横で聞いている私は、え? 初対面なのに? とびっくりなのですが、会話はどんどん進んでいきます。お客さんが手にしているのは、私が着なくなったジャケット。カ「今の季節、ちょうどいいわよ」客「少し若くないかしら?」カ「全然、そんなことないわよ。ちょっとした時にも着られるし」客「そうねえ」カ「中に白のニットとか合わせると綺麗よ」客「あら、いいわね。じゃあいただくわ」私はお金を受け取りながら、ちょっとした時って何だよと思うのですが、マダムたちはとかく「ちょっとした時」というフレーズが好きなのです。でも、こういったコミュニケーション能力の高さを見ていると女子力が高いなあとも思います。しかし、エスカレートするとカリスマ店員は口八丁に火がつき、売り物のオブジェ(ケニアで買った木彫りの象)を物色している人に「それ、運気が上がる象なんですよ」と言いだす始末。客に「じゃあ、何で手放すんですか?」と返され「私は、充分幸せだから!」とにっこり。しかし「ママ、それってナントカ商法にひっかかるからダメだよ」と私に叱られ、しょんぼり。しかもこのカリスマ店員、売上は良いのですが、店の商品に手をつけるという悪い癖があります。「あら、これ売っちゃうの? ママ、着られるから貰っていくわね」と、いつもこんな感じ。しかし、お日様の下で食べる母のお弁当はやっぱり美味しくて、フリーマーケットはお金になるならないではなく、私たち親子にとって楽しいひと時なのであります。もうしばらく出店できないぐらいクローゼットはすっからかんになってしまったけれど、50歳になる前にはもう一度ぐらいやりたいですねえ。

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』などがある。

 
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