マンチェスター・ロス│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#073

マンチェスター・ロス

2017-04-24 12:57:00

「今日の東京の最高気温は28℃だよ」「なんてこったい!マンチェスターは7℃だよ!」「私がいた時は良いお天気だったのにね」「そうだね。今すぐ戻っておいでよ、僕のサンシャイン!」39歳のおばさんは今日もこんなメールのやりとりに、およよと赤面。マンチェスターでの超短期留学を終えて数日。バラ色のように楽しかった日々に想いを馳せては、いまだ学生気分が抜けずぼんやりとした毎日です。春キャベツ、新たまねぎ、筍、菜の花、スーパーには美味しい旬の野菜が並んでいるというのに、ごはんを作るのも面倒で、王将、王将、コンビニ、王将、と男子新入社員のような食生活。しかし私がそんな女子力ゼロの生活をしているとは知るよしもないマンチェスターのクラスメイト、オスカルは毎日スイートなメールを送ってよこすのです。いつまで続くことやらと思いつつ、そりゃおばさんも嬉しいですよ。だって彼は美しい25歳のフランス人青年なのですから。あれ?でも、もしかしたら『サンシャイン』の意味は、池袋のサンシャインビルと私が同じ歳だということかもしれないぞ。だってオスカルは「日本に行ったらSUGOに行きたい」「どこよ、SUGOって?」「SUGOだよ、SUGO。一緒に行こう!」「だから、どこよSUGOって?」ってぐらい日本通。いや、ていうかSUGOしか知らないフランス人。後から調べたら宮城県にあるサーキットみたいですね。行きませんよ、おばさんは。しかし、そんな風に自分を「おばさん」と言うとマンチェスターのクラスメイトたちはこぞって「NO!」と言うのです。今回、留学に行く前も一番気になったのは自分の年齢でした。学校のホームページにも生徒の平均年齢は22歳と書いてあったので、普通に考えてこんなおばさんとは誰も仲良くしてくれないだろうと思っていました。学生寮の私の部屋のドアには『BBA is here!!』(訳:ばばあ、ここにいます!)と紙が貼られ、夜な夜な若者たちに「Hey!BBA!Wake up!」とドアを叩かれるというアメリカ学園映画のアメフト部のような苛めすら想像していました。しかし実際は、まったくそんなことはありませんでした。

 今年私は39歳になりました。このコラムでは、いつも明るく元気なポスト西田ひかるさんを気取っている私ですが、実際は毎日不安に押しつぶされそうです。今年になって私は、暗闇しかみえない自分の将来に少しでも光が欲しくて、安易な考えではありますが、ハローワークと結婚相談所に行きました。そこで履歴書ないしプロフィールシートの上に「西山繭子」というものを文字で表した時、目の前にいた職員、カウンセラーの方が頭を抱えたのを目の当たりにしました。たいした学歴もなく資格もない。資産も無いに等しく、しかもこの歳で職歴もない。39年間自分なりに一生懸命生きてきたつもりでしたが「西山繭子」という人間を文字で表した時、世の中において自分がまるで価値のない人間なのだということに気づきました。仕事も結婚相手も「正直、難しいですね」という一言がずしりと耳に残りました。しかしマンチェスターで過ごした時間の中で、クラスメイトはいつも文字では表せない「西山繭子」を慕ってくれました。例えば授業中、世界地図を前に私がすらすらと国名や概要を言っていると「マユコって何でも知ってるよね!本当にインテリジェント!」となります。でもこれってインテリジェントなわけではなく、これまでにたくさん旅をしてきたことと彼らよりも経験があるからゆえの知識なんですよね。また、寮のキッチンでパンパンになったゴミ袋を換えていると「マユコって本当に気が利く!」となりました。いや、だってあんたたち誰もやらないじゃない。気が利くんじゃなくて、おばちゃんは汚いのが嫌いなだけ。はたまた、とある日の学校からの帰り道、並んで歩いていたオスカルが私に訊きました。「さっきみんながサイモン先生の悪口で笑ってた時、なんであんなにイヤそうな顔をしてたの?」14歳年上の私はぴしゃりと答えました。「あなたも自分で働いてお金を稼ぐようになったらわかるよ。誰のことも笑っちゃいけないって」ジャパニーズおばさんに説教をされ、オスカルは不機嫌になるだろうな…、と思いきや「ああ!マユコはどれだけ人間ができているんだ!」と感激のハグ。いやいや、人間ができてるんじゃなくて世の中の厳しさを知っているから出てきた言葉だよ。こんな日々を過ごすうちに、私がこれまでにしてきた経験は、文字にしたら価値はないけれど、決して無駄ではなかったのだなと思うようになりました。私はこのマンチェスターでのかけがえのない時間、そして仲良くしてくれたクラスメイトを一生忘れないけれど、若い彼らはあっという間に私のことなんて忘れちゃうんだろうなと思います。うん、私も若い時はそうだった。それでいいのだよ。そうして大人になっていくのだよ。写真はパーティー終わりのキッチン。土曜の朝、みんながすやすや眠る頃、おばちゃんは一人でこれを片づけました。若いって時にむかつくわね。

image2

最近のコラム

西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website