アイラブ三ツ沢│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#076

アイラブ三ツ沢

2017-06-12 12:33:00

 先日、約20年ぶりに三ツ沢球技場に行ってきました。横浜にあるこちらの球技場は1955年にサッカー専用スタジアムとして建設され、1964年の東京オリンピックでもサッカーの試合が行われたという歴史あるスタジアム。歴史があるというか、一緒に行った小4の甥っ子の言葉を借りると「すげー古い」スタジアムであります。「すげー、じゃなくてすごくでしょ!」叔母さん、言葉使いには厳しいです。この日は横浜FCと名古屋グランパスの試合でありました。名古屋グランパスのGKである楢崎正剛選手とはかれこれ20年のつきあい。この三ツ沢球技場に横浜フリューゲルスの試合を見に来たのが、私の初めてのサッカー観戦でした。あの頃の私はまだうら若く、努力せずとも体内で自然と女子力が生成されていました。立て続けにCMとか出ちゃって、Jリーガーの友達もできちゃって人生イージーモードとか思っていたら20年の年月は残酷で、女子力はみるみると衰え、役者業は安定の開店廃業中。たくさんいたJリーガーの友達も現役で活躍しているのは、今では楢崎正剛選手と大久保嘉人選手のみ。そりゃ年取ったんだから仕方ないわな。41歳で活躍している楢崎選手がすごいのですよ。しかしこの日のチームにはさらなるレジェンドが!その名もキング・カズ!実は私、カズダンスが見たくて楢崎さんにチケットを頼んだのですが、考えてみたらカズダンスが見られるということは、楢崎さんが点数を取られるということで、でもグランパスがそれ以上に点数をとって勝てばいいじゃん、うん、それでいこう。などとおばさん特有の身勝手さで考えていましたが、残念ながらカズは怪我のためベンチにも入っていませんでした。「カズダンス見たかったなあ」という甥っ子に「マユダンス見る?」と訊くと「見ない」とぴしゃり。彼のサッカー観戦デビューは国立競技場で行われる最後の日本代表の試合でした。その日も私と二人だったのですが、選手を追う甥っ子の瞳はきらきらと輝いていて美しく、こんな大切な瞬間に一緒にいるのが私だなんて何だか母親である姉に申し訳ないなと思ったのを憶えています。それからも何度かサッカーの試合に連れて行っているのですが(バルサ戦とかさー!)それは甥っ子の喜ぶ顔が見たいからではなく、このまま順当にいくと彼は私の喪主になるので、その時のためのことを思っての行動であります。お葬式で音楽をかける場合はJASRACにお金を払わなきゃいけないから気をつけてね!

 さてさてこの三ツ沢競技場、私は世界で一番好きなスタジアムなのですが、何が好きかってやはりピッチとの距離が近いことにあります。目の前でプレーしている選手たちの汗で背中にはりつくユニフォームや、膝上の大腿四頭筋までもがはっきりと見え、ボールを蹴る音や彼らの声もしっかりと耳に届きます。目に青葉、山ホトトギスってやつですよ、奥さん。ああ、やはりアスリートの身体って最高だわと眺めていたのですが、若い選手の茶髪度があまりにも高くて、おばさんは途中から彼らが全員出し子にしか見えなくなってしまいました。横にいる甥っ子に「大人になっても茶髪はダメだからね」とアドバイス。お天気にも恵まれ、ビールも美味しくてこりゃ最高だわと思っていると甥っ子が「まーたん、マンンチェスターでも試合見たんでしょ?いいなー」と言いました。「うん。1列目で見たから、あまりの近さに目の前のクリシーが友達かと思った」とわけのわからないことを言いながらも、思いはマンチェスターで起きたテロに。これまでも世界中で起きるテロに憤ったり、悲しんだりしてきましたが、恐怖心を抱いたのは初めてでした。日本にいると、やはりどこかでテロに対して現実味がなかったのだと思います。しかし学生寮で隣の部屋だったフラビアが、あのコンサートに行っていたと聞いた時は本当に足が震えました。たくさんの犠牲者がいる中で、友人の無事を喜ぶことは不謹慎かもしれませんが安堵しました。テロが起きると必ず誰かが言います。「テロには屈しない」と。恐怖心を抱くことは、ある意味テロに屈していることなのかもしれませんが、それでも私は怖いです。平和が失われることや、大切な人たちが邪悪な暴力で傷つけられることが怖いです。でも自分などに何ができるのだろうっていつも思います。テロから数日後、仲良しのフランス人男子にメールをしました。『休憩時間に外でタバコを吸う時、なるべくアフマッドたちの近くにいてあげなよ』『どうして?』『アラブ系というだけで、心ない人が心ない言葉をかけることがあるかもしれないから』『OK!でも、そんなことする人いないでしょ』アジア人の私に経験はあっても、欧米人の彼には、肌の色や国籍だけで差別をされる感覚はきっとわからないのだろうなと思います。でも悲しいことに世の中にはそういうことを平気でしてしまう人がいるのです。三ツ沢競技場のピッチでは、日本人、ノルウェー人、韓国人、ブラジル人、スウェーデン人の選手たちが一つのボールを追っていました。横浜の晴れ渡った空の下、それをみんなが懸命に応援していました。そんな素晴らしい世界の中で、何はともあれ平和だよな、女子力よりも平和だよな、と連載タイトルが変わってしまいそうなことすら考える私なのでありました。

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website