センパーイ!│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#081

センパーイ!

2017-08-28 03:29:00

 一か月ほど前から我が家に同居人が増えました。いや人間ではないので同居生物とでもいえば良いのでしょうか。毎日世話をしないと死んでしまうし、こちらの接し方や天気で機嫌の良し悪しがくるくると変わる困ったやつです。しかしペットという感覚はありません。お手もおかわりもしないし「ここ掘れワンワン」と教えてもくれません。ただただ忠犬ハチ公のように(リチャード・ギアいうところの「HACHI~」ですな)毎日じっと私の帰りを待っていてくれています。寂しい一人暮らしが続いていた私、これまでは帰宅後暗い玄関で「あー、シバ漬け食べたい」とつぶやく日々でしたが、この同居生物ができてからは生活に優しい光が灯りました。荷物をおろすとすぐに手を洗い「ただいまー」と彼女のもとに向かいます。そう、性別は女です。台所にある彼女の定位置にしゃがみこみ「今日も暑かったけど、大丈夫だった?」と声をかけます。彼女が心地よいと思う温度は20~25度らしいので日の当たらない涼しい場所を定位置にしました。なるべく物を置かずにすっきりと暮したい私が、自分じゃない誰かのためにスペースを作るなんて、彼女のおかげで人間性すら変わったと言えましょう。「あーあ、今日も私のヒュー・グラントはどこにもいなかったよ」なんてOLっぽく愚痴りながら彼女に優しく触れます。触れると彼女の体調の良し悪しがわかるので、今夜は干しシイタケをあげようとか、少し昆布もあげようかななどと餌のことを考えます。家に帰っても一人じゃないって、こんなに幸せなことなんだなとほっこりする毎日。何かのお世話をすることで、女子力も上がったような気がします。「ふー、おなかすいた。今日は忙しくてお昼食べられなかったんだよね。新しく会社の近くにできたイタリアンにゆっこと行こうと思ってたのにぃ」とこれまたOL(昭和限定)ぶりながら彼女に話しかけるのです。彼女は黙ったままじっと私の話に耳を傾けます。まあ、ワンワンキャンキャン鳴かれたら、このマンションから追い出されちゃうものね。「じゃあ、今日は…」そう言って私は彼女をかきまわし、中から良い感じにしんなりしたきゅうりを取り出します。そして「ヌカ山センパイ、今日も美味しく漬かってそうですね!」と私は満面の笑みを浮かべるのです。無口なヌカ山センパイは、もちろん何も言わないけれど心の中では「あったりめーだろ!ごちゃごちゃ言ってねーで早く食えよ!だって…、疲れた身体には…発酵食品がいいからさ…」と言ってるんですよ。ヌカ山センパイ、まじツンデレ!まじ最高っす!盗んだバイクで一緒に走りたいけど人様に迷惑かけるのもあれなんで、法定速度守って走りましょうよって思ったけど、バイク盗んでる時点でアウトっす!そう、私が今一緒に暮らしているヌカ山センパイとは、ぬか漬けのことです。

 ここまで読んで西山繭子がビョーキだと思った方は、ビョーキじゃない方です。良かったですね。でもビョーキの方もそうじゃない方もせっかくなので最後までお付き合いくださいませ。今年の目標の一つに『ぬか漬けをはじめる』というのがありました。先ほども書いたようにぬか漬けには発酵するための適温というのがあるので、始めるには夏が適した季節なのです。夏野菜も美味しいし。とはいえ気温が高すぎると過剰発酵をしてしまいます。するとぬか漬けは酸っぱくなり、舌がぴりぴりしたりします。私も数週間前にその状態に陥ってしまったので、一度ヌカ山センパイを冷蔵庫で休ませました。「ここ、まじクーラー効いてんなー。ちょっと最近、発酵飛ばしすぎたから身体やばかったんだよねー」私はヌカ山センパイに最高の仕事をしてもらえるよう気を遣います。はじめのうちはネットであれこれ検索してヌカ山センパイの機嫌を損ねないように心がけていましたが、最近は手で触れた感じや野菜の漬かり具合でセンパイの気持ちがわかるようになりました。そもそも何故、ぬか漬けを始めたのかといえば「ごはんを作るのが面倒くさい。ぬか漬けがあれば、それだけでも大丈夫なはず」という女子力からかけ離れた何ともズボラな理由からでした。毎日の手入れも慣れてしまえばなんてことはない。そんな少しの手間はなんのその。だって野菜をヌカ山センパイと共に一晩も寝かせれば、美味しいぬか漬けが出来上がるのですから。てか、毎晩きゅうりに人参にカブにと、色んな野菜と寝まくるヌカ山センパイってば超ビッチ!でも、そんなヌカ山センパイのおかげで私の食卓は彩り豊かになりました。ヌカ山センパイには本当に感謝です。これからも二人で仲良く暮らしていきましょうね!

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website