大根様│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#104

大根様

2018-08-13 12:47:00

8月末にある恒例の『お金を払えば誰でも出られるバレエコンクール』出場のため、新しいトウシューズを買いに渋谷のチャコットに行きました。10種類ほどフィッティングをさせてもらいましたが、結局は同じものを買ってしまう保守的な私。そんな自分にがっかりしながら、店を出た私は猛暑の中を歩いておりました。渋谷という街はそこかしこから音楽が聴こえてきます。ふと街角でその出どころである巨大モニターを見上げてみると、やんちゃ風な男の子たちが踊りながら歌っていました。画面右上に記されていたタイトルは『恋のレントゲン』。あらまあ変わったタイトル、どんな歌なのかしら?と首筋をつたう汗を拭いながら、しばらくぼんやりと見ていました。彼らの顔立ちはとてもエキゾチック。最近のハーフの子たちはずいぶんと日本人離れしているなあ。曲調もいいね、私の好きなラテン系。ルイス・フォンシの爽やかバージョンみたいな感じ。よし、彼らのCDを買いに行こう!ということで、その足でタワー・レコードへ。JPOPの階に行き、店員さんに「すみません、『恋のレントゲン』って曲が欲しいんですけど」と尋ねると調べてくれたのですが「ちょっと、こちらでは置いてないようなんですよね…」とのこと。私が「あれー?今さっき街角のモニターで見たから、流行ってるのかなーと思ったんですよね。エキゾチックな男の子たちが歌ってるやつです。エグザイルよりもエキゾチックな男の子たち」。店員さんは私の説明を聞いて、はっ!となり、他のフロアに連絡をとってくれました。どうやらお目当てのCDは6階にあるらしい。てくてく向かうと、ありました!南米発ボーイズグループCNCO『恋のレゲトン・レント』。もうタイトルも違うし、そもそも日本人じゃないじゃないか。正解が一つもなかったことに愕然としました。暑さで思考力はなくなるし、仕事に追われて小説を書く時間もないし、素敵な出逢いもないし、ああ、なんて夏なんだ!そう思っていたところに「西山さん、大根の神様のところに行きませんか?」という同じ職場で働くUさんから声がかかりました。大根の神様?なんじゃそりゃ?しかし、今の私は大根をもすがる状況。「うん!よくわからないけど、行く!」ということで、暑い暑い夏の日に私とUさんは、浅草に出かけたのでありました。

 Uさんに誘われ足を運んだのは浅草駅から徒歩10分の場所にある待乳山聖天。降り注ぐ真夏の日差しの下、二人でてくてく向かいました。「ねえねえUさん、何で大根なの?」「さあ…。でも、とにかく願いが叶うらしいです」とUさんはにっこり。「でもさ、そんなにたくさん大根を供えられたら大変じゃない?その大根、どうするのよ」「あ、前日にお供えされた大根は持って帰っていいそうです」「それって、人の大根だよね?」「ですね」「人の大根を持って帰るの?」「ですね」何だかよくわからないけれど、Uさんがきらきらした瞳で「大根が無理目な願いも叶えてくれるんです」と言うので、彼女を信じることにしました。待乳山聖天は浅草寺の支院の一つで、毘沙門天を祀っています。人で溢れ返る浅草寺とはうってかわって、境内は静かで穏やかな空気が流れていました。「あ、大根!」Uさんが指さす先には、お供え用に売られている大根がありました。スーパーに並んでいるものと何ら変わらない大根ですが、願いを叶えてくれると聞けば、不思議と神々しくも見えてくる。それぞれ1本ずつ購入し、いざ本堂へ。お香の香りが優しく漂う堂内は静謐に包まれておりました。素足がふみしめる畳の感触が心地よく、ふと子どもの頃に夏休みを過ごした祖母の家を思い出しました。中央の台座にはすでに何本もの大根が供えられており、なかなかシュールな光景。私たちもそれぞれの大根を供え、畳の上に正座しました。さあ何をお願いしようかなー、天井に描かれた龍の墨絵などを眺めつつ、ちらりとUさんを見ると、彼女は呪いでも唱えるかのように気難しい顔で何やらぶつぶつと必死に手を合わせています。Uさん、本気!私も負けてはいられない!えーっと、無理目な願いも叶えてくれるんだよね。無理目、無理目…。えーっと、キアヌ・リーブスと…。いやいやいや、それは無理すぎる!じゃあ、将来、宇宙飛行士になりた…。いやいやいや、もっと無理だろ!えーっと、小説で芥川賞を…。いやいやいや、それは自分の努力で勝ち得るものだろ!ってことは、うーん…。悩みに悩んだ私でしたが、結局のところいつも通り「家族みんなが健康でありますように」に落ち着きました。変なところで欲深くない私です。本堂を出た私たちは、前日にお供えされた大根をお土産にいただきました。はい、人の大根です。Uさんは呪いを全て吐き出したのか、すっきりした顔で「これで、いいことがありますね」とにっこり。Uさんとは同じ職場で働いていますが、彼女のもう一つの顔は才能あるイラストレーター。私はいつか自分の本の表紙に彼女の絵を使わせてもらえたらなあと思っています。まあ、こうして一緒に大根にお願いしたのだから、その夢はきっと叶うのでありましょう。

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website