餃子のじいじ│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#105

餃子のじいじ

2018-08-27 12:18:00

 8月に入ってからずっと夏バテ気味の老体をひきずり、仕事終わりにバレエのレッスンに行った時のことでした。更衣室に入ると20代のYちゃんがレオタードに着替えているところでした。このYちゃん、なんと名字が西山さん。ずっと妹が欲しかった私は(ウソ)、Yちゃんのことをとっても可愛がっていました(ただのおせっかい)。しかしこの日、Yちゃんは私の顔を見るなり「あ、西山さん!私、先週入籍して西山じゃなくなっちゃったんです」と幸せがこぼれそうなほどの笑顔で言いました。私は驚きながらも、しっかり者の姉として「わー!そうなんだー!おめでとう!」と答えましたが、声は震えていたかもしれません。「新しい名前は何になったの?東山さん?」動揺していたために、私らしからぬつまらぬことを口走ってしまいました。「あはは、田代になりました」とっさに頭の中にマーシーが浮かびましたが、20代のYちゃんには伝わらないだろうなと思い、ぐっとこらえました。しかし、その日のレッスンは、集中できずに考えごとばかり。このまま世の中の西山さんがどんどん結婚して、地球上に存在する西山さんは私だけになってしまうのではなかろうか。惑星の上にぽつりと佇む『星の王子さま』が頭に浮かびました。他の惑星から来たカラスが言いました。「カア、カア、君の名前は何て言うんだい?」「私の名前は西山繭子よ」「ウソだい!西山なんて名前は、みーんな結婚しちまって、絶滅したって聞いてるぞ!カア、カア」「そんなことないわ!この宇宙のどこかに、きっとまだ西山さんがいるはずよ!だから私は、今から西山さんを探すために旅に出ようと思うの」「ふん、無駄だと思うがね。まあせいぜい頑張ってくれよ。カア、カア」そう言って、カラスは羽ばたいて行きました。黒いカラスの姿は漆黒の闇の中であっという間に見えなくなりました。バレエのレッスンの間にこんなことを考えているんだから、そりゃみんなが右足をあげている時に左足をあげちゃいますよね。まあ、もちろん世界には男の西山さんがいるので、こんなことにはなり得ないのですが、Yちゃんの結婚は私に少なからずダメージを与えました。その男の西山さんで一番身近な人といえば、やはり父親であります。私は月に何度か食事をしに行くのですが、先日、姉と甥っ子たちを連れて一緒にランチをすることになりました。姉と甥っ子たちが父と会うのは3年ぶり。家族には色んな形があります。

 場所は父が定宿としている山の上ホテル。ロビーに着き、フロントから父の部屋に電話をすると「食事用に部屋をとってありますから、そこで待っていて下さい」とのこと。その間、ロビーの椅子に座っていた甥っ子3号(4歳)は「この椅子、欲しい。すごいふかふか」と山の上ホテルの使い込まれた本革ソファに小さな身体を埋めていました。何十回と座っている私ですら毎度その座り心地の良さにブヒーってなるのだから、そりゃそうだよね。彼らの手をひいて父が用意してくれた部屋へと移動。ここは会議や会食のための小部屋なのでありますが、甥っ子2号(7歳)は前回ここに来た時、「じいじってここにお布団敷いて寝てるの?」と訊いて父を困惑させていました。ちなみに甥っ子たちは普段、父のことを『餃子のじいじ』と呼んでいるのですが、その由来は前回会った時にここで食べた餃子がとんでもなく美味しかったから。スーパー単純。この日も前回同様、山の上ホテル内にある中華レストラン『新北京』からお食事を運んでいただく手はず。まだ父が来る前、運ばれてきたおしぼりの冷たさにみんなでキャッキャ言い、テーブルの上に三角に折りたたまれたナプキンを頭にのせて「うらめしや~」とはしゃいでいた私たちも、無頼派作家の登場に背筋がピン。孫のためではないでしょうが、最近髪を整えたのであろう父の姿はいつも以上にぴしっとしていて貫禄が深夜料金ばりの二割増。父は長男から順番に「君、名前は?」と訊いていきます。何とまあレアな祖父と孫の関係でしょう。しかし私にとっては孫の名前を知らないことは何の驚きでもなく、甥っ子たちがきちんと敬語で自己紹介をしていたことに感動。「何でも好きなものを食べなさい」父からそう言われ、メニューを渡された姉と私。私たちが初めて父親に会った時、その日も父が連れて行ってくれたのは中華料理でした。14歳と13歳の少女たちは初めて会う父親を前に緊張し、渡されたメニューも選べず「何でもいいです」と小さな声でもじもじとしていました。それが今じゃ「フカヒレと、北京ダックと、鮑のステーキと、あ、エビマヨもいいね。あとは…」となるだから年月って怖いですね。仕事が忙しい父と過ごせた時間は2時間ほどでしたが、なかなか会えない『餃子のじいじ』に会うことができて甥っ子たちもとても喜んでいました。長男がじいじからもらった図書カードを手に「わーい!これで『若おかみは小学生!』を買おう」と喜んでいました。何でもこちら、累計300万部以上という売れに売れている児童向けの小説。さすがに小学校5年生には、まだじいじの本は早いようですね。

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website