マックイーン│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#119

マックイーン

2019-03-25 12:32:00

以前、映画のコラムを書いていたこともあり、有難いことに今でも映画の試写会に呼んでいただくことがあります。先日は『マックイーン・モードの反逆児』というドキュメンタリー映画を観ました。いつも素敵な作品を紹介してくださる宣伝担当のKさんが「すごく良い映画なので、ぜひ観てもらいたいです。ドキュメンタリーなんですが泣けるんですよ!」と声をかけてくださいました。アレキサンダー・マックイーン、名前だけは知っていましたが、ファッションにまったく興味がない私からすると「そんなドキュメンタリーで泣けるはずがない」と懐疑的だったのですが、私はKさんのことが好きなので(あ、同じ歳の素敵な女性です)、彼女の言葉を信じて予定を調整して観に行くことにしました。いつもは地味な映画関係者が多い試写会場ですが、やたらとお洒落な人が多く、寿司屋でつけた醤油のシミがそのままという残念ニットに身をつつんだ私は「あー、やっぱり来るんじゃなかったなー。この会場の席、座り心地が良いし、たぶん寝ちゃう」と思っていました。しかし映画が始まってからというもの、こんなに集中して作品を観たのは久しぶりだなというほど、私はマックイーンの世界に引き込まれていきました。私はこれまでファッション、特にハイブランドといわれるものに対して「金持ちの道楽である」という意識がありました。さあ、これから春だよという時期に翌シーズンの秋冬のコレクションなんて発表して、こんなのいつ着るんだよという洋服を着たモデルがランウェイを闊歩して、フロントロウにはこれみよがしにセレブを座らせて、正直に言うと軽薄な世界だなと思っていました。これにはもちろん自分のやっかみも入っていますよ。そんなキラキラした世界、女子の憧れでしょ!私もお金持ちの彼氏にパリコレ連れて行ってもらいたいですもん!
 映画はロンドンの労働者階級出身のマックイーンが失業保険を資金にデザイナーデビューをし、そこからトップデザイナーにまでのぼりつめ40歳で自らの命を絶つまでを追っていきます。16歳で高校を卒業した彼は、まずロンドンの老舗テーラーで修行を始めます。デザイナーが服作りの基礎を学ぶのは当然のことなのかもしれませんが、デザイナーという華々しい肩書はそういった地道な努力を見えなくしてしまいがちです。私の母はパタンナーの仕事をしていました。母、姉、私が暮らす古いマンションの一室は母の仕事部屋になっていて、私と姉はずっとミシンの音を聞きながら育ちました。二人でキャンディキャンディごっこに興じていた幼稚園の頃も、ルーズソックスをはいて試験前日に焦って勉強をしていた女子高生の頃も、傍らにはいつも洋服作りがありました。一枚の大きな布が床いっぱいに広げられ、それを四つん這いの母が裁ち鋏でじょきじょきと切っていきます。一枚だった平面の布が色んなパーツに分かれ、そしてミシンで縫い合わされ、いつの間にか立体的な作品になっていく様子は、どこか魔法のようでした。ただ、それに対して素敵だなとか美しいなという感情を抱いたことはなく、むしろ惨めだという思いがありました。昼間は保険外交員として働いて、夜と土日はひたすら洋服を作っている母はいつも疲れていました。それでも私と姉を女手一つで育てていくためには、母はひたすら働くしかありませんでした。母が眉間に皺をよせて懸命に作った洋服を、きらきらした世界でモデルさんが着るのだと考えると、自分たち家族が日かげでひっそり暮らしているような気分になりました。だからこそ私は、これまでファッションというものを冷ややかに見ていたのかもしれません。しかし、この映画は私のその乾いた感情を見事に打ち砕いてくれました。1999年春夏コレクションのフィナーレ、舞台の真ん中には真っ白なドレスに身を包んだモデルのシャローム・ハーロウが立っており、彼女の両サイドではロボットアームが踊るように動いています。何が起こるのだろうと客たちが固唾を呑んでいた次の瞬間、そのロボットアームから黄色と黒のペンキが彼女のドレスに向かって噴射されました。真っ白だったドレスが即興で彩られていく様子に大袈裟ではなく胸が震えました。今まで知らなかった美しい世界との出会いに、涙があふれてきました。ファッションというのは芸術であり、それは情熱と真摯な思いで作られるものなのだということを私はこの映画で知りました。そしてこの映画のおかげで、私には一つ新たな目標ができました。それはいつか華々しい場所でアレキサンダー・マックイーンのドレスを着ること。それが女優としてなのか、作家としてなのかはわかりません。まあ、ベストはキャサリン妃のようにマックイーンのウェディングドレスを着ることでありましょう!女子力の極み!41歳になっても夢見る夢子ちゃんのあたくしなのでありました。

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website