入院生活│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#142

入院生活

2020-03-09 12:00:00

 先日、私の大好きな甥っ子1号が入院しました。生まれた時から左耳の裏側に脂腺母斑なるものがありまして、春から中学生になるのでこのタイミングで切除してしまおうということになりました。2泊3日の入院初日、病室でごはんを前にピースをしている甥っ子の写真が姉から送られてきました。私のお古のラルフローレンのセーターを着て笑顔でピース。かわいいなあ。保育園から「熱があるのでお迎えに来て下さい」と連絡を受け、迎えに行ったら保育士さんに「まーたんさんですか?」と言われたのが昨日のことのよう。おんぶして家まで帰ったなあ。その子がもう中学生。彼女なんて出来た日には、叔母さん、絶対にデートを尾行しますよ。そして翌日の手術の日にはパジャマ姿の写真が送られてきました。そのパジャマもなんと私のお古。七分丈のパジャマなのですが、いざ買って着てみると私は七分丈が苦手だということがわかり、甥っ子へ。「わー!ラルフローレンのパジャマなんて、お金持ちみたいだな!」と喜んで着ているので、もちろんレディースだということは伝えていません。そして別の写真ではそのパジャマの上にアディダスのジャージを羽織っている甥っ子の姿が。もちろんそれも私のお古。まったく、どんだけ叔母さんのこと大好きだよ!てか、叔母さんがおまえのこと大好きすぎるよ!そして写真と一緒に甥っ子からのメッセージも送られてきました。『まーたん、手術がんばったよ!麻酔がめちゃ痛かったよ!けど、今は元気だよ!』ああ、なんて良い子なんだ。本当にね、こんな子どもが文句も言わずに頑張っているっていうのに、まったくあいつときたら…、ぶつぶつ。あ、独り言です。まあ、もちろん入院が楽しいなんて人はいないでしょうけどね。私自身はといえば、これまでに大病をしたことはありませんが、人生において一度だけ入院をしたことがあります。私は生まれつき心室中隔欠損症という先天性心疾患があります。右心室と左心室の間に穴が開いているってやつで、さほど珍しくない病気です。自然と穴がふさがることもあるそうですが、私の場合は今もあきっぱなし。風通しのいい女です。4歳の時にそのカテーテル検査を行うことになり2泊3日の入院となりました。幼い時の記憶ですから曖昧なところもありますが、今でも不思議に思うのはまったく泣かなかったということ。4歳の幼児がお母さんと離れて入院するなんて、普通は泣くでしょと思うのですが母に尋ねたところ「初日に、じゃあママ帰るからねって言ったら、ぼけーってしながら手振ってたわ。だぶんバカだったんだと思う」と。やだ、バカ最強。病室は中学生ぐらいのお兄さん(私には大きく見えたけど小学生だったかもしれません)と2人部屋でした。お兄さんはすごく青白くて細くて今にも消えてしまいそうだったことを憶えています。その日の夕飯は、別室で他の子どもたちと円卓を囲みました。苦手なベビーチーズがあったので、バレないように少しずつ右隣の子どもに寄せていたら、しばらくしてその子がぱくりと食べてくれました。よし、一安心と思っていたら「これ誰の?」「こっちは誰の?」とベビーチーズがまわりにまわって左隣から戻ってきました。円卓、恐るべし。夜、トイレに行く時だけちょっと怖かったけれど、普通にぐうぐう眠れたし、母の言う通り、やっぱりバカだったのかなと思います。でもその時、もっとバカだったのは母で、こともあろうに翌日の検査の時間に遅刻しやがりました。本人いわくタクシーがつかまらなかったというのですが、そもそも寝坊したんだろうと思います。さすがに手術室に行くのに母がいないというのは、バカな繭子少女もおかしいぞと思い、看護師さんに「ママは?」と訊きました。看護師さんは笑顔で「来てないけど、時間だから行きましょう」と言い、私を手術室に連れて行きました。裸になって手術台に横たわるとヒンヤリしていて、台所のシンクの上にいる魚になったような気分でした。そして絶対に麻酔で寝てやるもんかと気合を入れて臨んだのですが、次に目が覚めたら病室のベッドの上でした。記憶として残っているのはそれぐらい。これまでの人生で一度きりの入院生活でありました。インフルエンザにすらなったことのない健康な私ですが、この冬はひたすら病院におりました。仕事の前にも、仕事が終わったあとにも、そして休日はもちろんのこと。先の見えない闘いに心が折れそうにもなったけれど、先生をはじめ看護師さん、病院の方々が、懸命に父を診て下さっている姿を見て、私ごときが弱音をはいてはいられないと思いました。でもあまりにも心が傷だらけになった帰り道は、電車の中で人目もはばからず泣きました。その時、車内に居合わせたカナダ人観光客のおばさんが私に声をかけてくれて背中をトントンしてくれました。すごく救われたなあ。もちろん生きていく上で仕事というのは大切で、それに付随して地位とか名誉とかお金とかあったら心強いのだろうけど、私はそんなことよりも人に優しくできる人間でありたいなと思います。写真はこの数ヵ月、何度も私の涙をぬぐってくれた豪栄道のタオルハンカチです。ピンク色なあたり、女子力高めです。

image2

2020.3.9 配信

最近のコラム

西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website