渋谷―そこからの眺め│BEAMS 青野賢一の「東京徘徊日記」

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BEAMS 青野賢一の「東京徘徊日記」

#001

渋谷―そこからの眺め

2013-03-30 16:13:00

image1 「ヒカリエ」と地下鉄銀座線の高架を地上から臨む。

昨年から今春にかけての一年間、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科の産学連携プログラムに携わった。このプログラムは「渋谷活性化」をテーマに据えたもので、様々な資料やデータを活用して渋谷という街を分析し、それを踏まえて各チーム(3チームに分かれていた)が、活性化の案をマーケティング的視点からプレゼンテーションする、というものである。私の役割はというとオブザーバー的なもので、学生たちの毎回の発表について、意見を述べたり提案をしたり、ということを行っていたのだが、マーケティングの資料から見えてくる渋谷像と、私たちが持っているイメージとの乖離が結構あって面白かった。例えば「若者の街」と称されるが思いのほか来街者の年齢が高かったこと、女性よりも男性の方が比率が高いこと、などが分かり、こうした資料と街の様子から私が考えたのは、渋谷は「若く在りたいひとの街」ではないか、ということであった。若者に見えている人々は、若々しい出で立ちをしているだけで、決して若者ではない。そうした人々にどのようなアプローチが有効かを、私自身もよく考えた一年であった。

image2 東急東横店東館の屋上への階段。歴史を感じさせる佇まいがいい。

街も、ひとと同じように年を取ったり若返ったりする。現在の渋谷において、古くからある建物や施設は、主に終戦後に建てられたものだ(商業施設では現・東急東横店東館が最も古く1934年に開業)。1950年『東京日日新聞』に寄せた「渋谷―東京の顔」という短いエッセイの中で、三島由紀夫は渋谷を「バラックだらけの街」と形容しながら、一方で復興しつつある街の賑やかさを描いているが(三島の家は渋谷区松濤にあった)、ここから数年の後、東急東横店西館、現「ヒカリエ」の場所にあった東急文化会館が完成し、60年代に入ると東急本店、西武などがオープン。1973年にはPARCOが開業し、現在の街の姿にかなり近い状態になったのだった。

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image4 屋上のプレイランド。アップデートしたキャラクターがいる昭和の風景。

1968年生まれの私の、子どもの頃の記憶にある渋谷は、東急文化会館の「五島プラネタリウム」と「フルーツパーラー西村」などの飲食店だ。五島プラネタリウムで、満天の星空に感動し(星雲のポストカードをよく買ってもらっていた)、その後、西村で何か食べるというのがお決まりのコースだった。パイナップルを縦半分に切ったものをそのまま器にして、そこに輪切りのパイナップルが収まっているものを食べたことを、なぜか鮮明に憶えている。上階で映画を観た後、ファーストフード(当時はまだ渋谷にはそんなものはなかった)的でないハンバーガーを食べた記憶もあるのだが、これはどこの店だったかさっぱり憶えていない。ただ、窓の外の、雨に濡れた景色は憶えているから、おそらく4Fあたりのどこかの店でのことだろう。

image5 屋上から見える銀座線の線路と「ヒカリエ」。

建物が解体されているとき、「あれ、ここ以前は何だったっけ?」ということがしばしばある。ひとの記憶とはなかなかいい加減なものだ。年を取った建物が壊されて、新しい建物として若返る。それ自体の是否はここでは問わないが、間もなく閉館となる東急東横店東館の屋上に上がってみて、こんなことを思った。すなわち、建て替えられてなくなってしまう建物があるということは、そこから眺める景色が失われる、ということに他ならない。見る対象としての建物というよりは、見る拠点としての建物の重要性に気がついたのだ。4月には、もうここからのこの景色は失われてしまう。そうした景色を、私も武田百合子ばりに「目薬をさすように眼に入れて」(中公文庫刊『日日雑記』より)から、シャッターを押した。

image6 役目を終えた、東急東横線渋谷駅ホーム。現在は資材が置かれていた。

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『ことばの食卓』などで知られる武田百合子の最後のエッセイ集。
ずば抜けた「見る」力で日常を捉え、綴った文章が並ぶ。/
『日日雑記』武田百合子(著)中公文庫刊

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青野賢一さんのINFORMATION

Writer

青野賢一

BEAMS クリエイティブディレクター
BEAMS RECORDS ディレクター
1968年東京生まれ。明治学院大学在学中にアルバイトとしてBEAMSに入社。卒業後社員となり、販売職を経てプレス職に。〈BEAMS RECORDS〉立ち上げや、ウェブ・スーパーバイザー兼務などの後、2010年より個人のソフト力を活かす、社長直轄部署「ビームス創造研究所」所属。執筆、編集、選曲、DJ、イベントや展示の企画運営、大学での講義など、BEAMSの外での活動を行う。著書に『迷宮行き』(天然文庫/BCCKS)がある。

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