池袋―時代を隔てて立ち昇るファンタジー│BEAMS 青野賢一の「東京徘徊日記」

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BEAMS 青野賢一の「東京徘徊日記」

#003

池袋―時代を隔てて立ち昇るファンタジー

2013-05-01 13:17:00

「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」とは、江戸川乱歩の言葉だ。敬愛するエドガー・アラン・ポー(ご存知の様に、乱歩の筆名はポーに由来する)の言葉を端的にまとめたこの短い文を、乱歩は座右の銘として色々なところに遺した。池袋駅の西口から、立教大学の正門の前を越えて右に曲がる角には、旧江戸川乱歩邸を指し示す案内とともに、この言葉が記されている。

image2 旧江戸川乱歩邸を指し示す石碑。池袋はやはりフクロウが多い。

江戸川乱歩は1934年(昭和9年)豊島区池袋3丁目1626番地の土蔵付き借家に転居し、亡くなるまでここに暮らした。その借家と土蔵(後に乱歩の所有となる)は、現在の旧江戸川乱歩邸として保存され、建物の一部は一般にも公開されている。蔵書の書庫として使われていた土蔵は、没後もそのままの状態で保存されており、ガラス越しではあるが、整然と収まる本の背を眺めることが可能だ。

image3 旧江戸川乱歩邸の内部。水曜日と金曜日はこうして内部を見ることができる。

『新青年』に「二銭銅貨」が掲載されたのが1923年。20年代の乱歩は「D坂の殺人事件」「白昼夢」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「人でなしの恋」「陰獣」といった、異常性欲、異常心理、猟奇趣味を探偵小説というフレームに取り入れた作品を発表し、人気を博した。大正から昭和初期といえば「エロ・グロ・ナンセンス」の時代であり、関東大震災(1923年)の後の東京市は、区画整理や道路整備を経て、近代的=モダン都市へと変ろうとする最中であった。そうした世にあって、乱歩の初期作品は、多くの読者を獲得していったのである。その後、池袋に移り住んだ頃の乱歩の作品としては「妖虫」「黒蜥蜴」「人間豹」などを挙げることができる。また「怪人二十面相」をはじめとする少年探偵団ものも、この頃から執筆を開始している。私が子どもの頃は、図書館にあるポプラ社版「少年探偵団シリーズ」を片っ端から読んだものだが、こうして書かれた年代を整理してみると、当時でも初出から40年近く経ったものが含まれており、作品の息の長さを思い知った次第である。
改めて言うまでもなく、怪人二十面相は変装の名手だ。なんでも自分の顔を忘れるくらいにスゴイらしい。ここで興味深いのは、池袋という街から、この物語が生み出されたということである。さて、舞台を西口から東口に移そう。

image4 本文とは直接関係ないが、池袋を訪れたら立ち寄りたい「自由学園明日館」。

池袋駅東口に出て、グリーン大通りからサンシャイン60通りに入ると、飲食店やゲームセンターなどの色とりどりの看板、ネオンが眩しい。平日、週末問わず多くのひとでごった返すこの通りを抜けると、突然灰色の世界に変る。目の前を走る首都高のせいだろうか、街の印象が大きく変るのである。見上げると、サンシャイン60がそびえ立っており、余計に無機質さを感じさせる。この辺りは歩行者もビジネスマンが多いようだ。ところが、サンシャイン60の前の道を、春日通り方面に向かって歩いてゆくと、少し様子が違うことに気付く。ここは、通称「乙女ロード」と言われるエリアなのだ。

image5 「乙女ロード」では、このようなコスプレ用衣装の宣伝も見られる。

乙女ロードという呼称は、2000年代中盤あたりから使われだしたようである。アニメ、同人誌、そしてコスプレの店が並ぶこの通りは、同じような店のある秋葉原に比べて、女性客が目立つ。女性向けの品揃え、打ち出しをする店が多く(中には女性専門の店もあるとのこと)、私が訪れた日も、通りには女性の姿が圧倒的に多かった。コスプレとは端的に言ってしまうと、自分でない誰かになる行為である。自身の名前や出自とは関係なく、アニメ、コミックスなどのキャラクターになり切る、ということを考えたとき、全く目的は違うのだが、先の怪人二十面相のことが頭をよぎった。西口では乱歩が怪人二十面相に様々な変装をさせ(ときには女性になることもあった)、東口では、コスプレを目論む女性が闊歩する。駅を、そして時代を隔てて幻影が立ち昇る。「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」とは、乱歩も上手いことを言う、と改めて思った。

image6 「アニメイト コスチューム館」の前の自動販売機。手が込んでいる。

image7

1936年『少年倶楽部』が初出の、少年向けシリーズ最初の作品。
現在でもポプラ文庫クラシックで読むことができる。/
『怪人二十面相』江戸川乱歩(著)ポプラ社刊

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青野賢一さんのINFORMATION

Writer

青野賢一

BEAMS クリエイティブディレクター
BEAMS RECORDS ディレクター
1968年東京生まれ。明治学院大学在学中にアルバイトとしてBEAMSに入社。卒業後社員となり、販売職を経てプレス職に。〈BEAMS RECORDS〉立ち上げや、ウェブ・スーパーバイザー兼務などの後、2010年より個人のソフト力を活かす、社長直轄部署「ビームス創造研究所」所属。執筆、編集、選曲、DJ、イベントや展示の企画運営、大学での講義など、BEAMSの外での活動を行う。著書に『迷宮行き』(天然文庫/BCCKS)がある。

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