親不孝モノ│西山繭子の「女子力って何ですか?」

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西山繭子の「女子力って何ですか?」

#043

親不孝モノ

2016-01-21 19:56:00

 今、この原稿をパリからの帰りの飛行機で書いています。昨年の悲しいテロの影響で、機内はかなり空いており、私の両側には誰もいません。機内灯も消え多くの人が眠りについている中、テケテケとキーを打つ私。先ほどからフランス人イケメンパーサーが看守レベルで見回りをしていて、ぽつんと起きている私に何度も「何か飲む?」と訊いてきます。「飲みたくなったら自分で取りに行くよ、ありがとう」と言ったのに、さっき全然飲みたくもないハチミツレモンみたいなのを置いていった。なんだ、これ。すごく甘い。以前こちらでもパリのことを書きましたが(女子力しゅるぶぷれ)、パリは一番多く訪れている旅先です。今回でかれこれ10度目でした。土地勘もあるし、美味しい店もわかる。少し勉強したこともあって、レストランや店で話すフランス語ぐらいだったら解せるようにもなりました。とまあ、パリという街には慣れているのですが、今回の旅はいつもと勝手が違いました。その理由は、私の後ろの席で爆睡している人のせい。フランス語で言うところのマ・メール。そう、今回の旅は母と一緒だったのであります。

 数年前、母にイタリア旅行をプレゼントしました。私としては二度と母とは旅行をしたくないと思ったのですが、母は何年経ってもテレビでイタリアの風景などが映ると「あ、ここ行ったね」と嬉しそうに話していました。よっぽど楽しかったのだなあと思いつつも、私は母の「いってらっしゃい。気をつけてね」を聞くばかりの一人旅。今回の旅も本当は一人でロシアに行く予定だったのですが、ロシア一人分とパリ二人分の旅行代金があまり変わらなかったので「しかたねえ」と母を連れて行くことにしたのです。冥土の土産ってやつ。パリが初めての母は、たいそう楽しそうで「うわー!エッフェル塔!」「うわー!凱旋門!」「うわー!フランスパン!」と満喫していました。セーヌ河クルーズをした時は、何度もクルーズだと教えても山形出身の母は「最上川くだり」と同じ感覚で「セーヌ河くだり」と言っていました。一人のパリでは簡単に済ませる食事ですが、せっかくだからとミシュランの星つきレストランにも行きました。ディナーは高すぎるからランチ。それでもドリンクメニューを開いて、一番安いグラスワインが28ユーロ(約3500円)だと知った時は泡吹いて倒れそうになりました。しかしまあ、母が喜んでくれるならと1週間はひたすら母に奉公。そして破産。ここまで読むと親孝行娘みたいでしょ?母を大切にする女子力高い人みたいでしょ?でもね、実際はまったく違うのです。私は酷い娘なのです。 

年末によく「お正月は実家に帰るの?」と訊かれたのですが、これに対していつも返答に困りました。何故なら私には実家がないからです。実家という言葉を辞書でひいてみると【自分の生まれた家、父母の家】とあります。私が生まれた家なんて写真でしか見たことがないし、母の家は小さなアパートだし、父の家はどこか知らん。やっぱり私には実家がないのです。一人暮らしを始めて一年と少し。それまで私は母と二人で暮らしていました。その時はよく「いいね、実家で」と言われていましたが、そのたびに「いやいや、家賃払ってるの私ですから」と心の中でボヤいていました。女優、作家という安定しない仕事をしている私が毎月二人で暮らす部屋の家賃と生活費を捻出するのは、正直大変でした。母が大病をした時、心のどこかで死んでくれたら良いのになあとも思いました。だって母が生きている限り、自分が面倒をみなくてはいけないのだと思ったら、はよ死んでくれと願ってしまったのです。だから子どもが老齢の親を殺すニュースを見ても、私は驚きません。2014年の秋、このままだと私はもう後戻りできないほど母を嫌いになってしまうと思い、母に「もう一緒に暮らせない」と告げました。母は泣きながら「お願いですから、一緒に暮らしてください」と私に頭を下げました。金銭的に母が一人で生活するのが大変なのは容易に想像がつくけれど、私は母を突き放し、新しい生活をスタートさせました。母は今、古いアパートに住んでいます。たまに遊びに行くけれど、よっぽどの用事がなければ行きたくない。アパートの錆びついた外階段を登るたびに、私は責められている気持ちになるのです。自分の不甲斐なさに悲しくなるのです。母子家庭は子どもが幼い時だけ問題視されがちですが、親が老いてからもまた大変だと思います。もちろん色んな経済状況の母子家庭があるでしょうけど、多くの家庭は女手一つで子どもを育てるのに精一杯で、その母親は老後の蓄えなど作れないのです。持ち家があるとか、親の生活を心配しなくて良いとか、そういうことがどれだけ幸運なことか、当たり前に持っている人にはわからないのだろうけれど、とても幸せなことなんですよ!子どもの頃、仕事をかけもちして昼夜働き続ける母を見て、大人になったら私が幸せにするんだって思っていたけれど、65歳になった母は今でもやっぱり働いているのです。本当にダメな娘で申し訳ない。

こんな酷い娘に、先ほど母が後ろから話しかけてきました。「パリに連れて行ってくれて本当にありがとう。もうママ、いつ死んでもいい。でも死ぬ前にニューヨークは行ってみたい」ああ、やっぱりセーヌ河に突き落としてくるべきだったなあ。

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西山繭子さんのINFORMATION

Writer

西山繭子

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』などがある。

 
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