お元気ですかぁ?│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#030

お元気ですかぁ?

2015-07-10 16:30:00

 梅雨に入ってすぐは「雨が少ないなあ。水不足になっちゃうよ。プール命の甥っ子が泣いちゃうよ」と杞憂していたハンサムアント(巷で流行りのハンサムマザーに対抗)の私ですが、ここ最近はあまりの雨の多さにドンヨリアントとなっております。7月に入ってからの東京はひたすら雨。8日の日照時間なんて11分だったそうです。短っ!面積の少ないTバック1枚すら乾かないわよ。ああ、太陽が恋しい。早くお布団を干したい。お日様の香りのシーツでよだれ垂らしながら眠りたい。しかし日本で暮らしている限り、この時期は仕方がない。雨と上手につきあうしかないですね。『水もしたたるイイ女』ってな感じで女子力高く雨とつきあうのです。

 今、この原稿を私は京橋のカフェで書いているのですが、窓からは傘を差しながら行き交う人々が見えます。ちなみにカフェはドトールです。スタバはお洒落だし、高いし、wifi飛んでるしでまったく仕事に向かない場所。ドトール大好き。世界一美味しいホットドッグはドトールのジャーマンドックだってロンリー・プラネットJAPANに書いた方が良いと思う。それはされおき、そう、窓からは憂鬱な顔で傘をさす人々が見えるのですが、みんなが手にしているビニール傘率の高いこと高いこと!実は私、ビニール傘が苦手なのです。ビニール傘関連のお仕事をされている方にはごめんなさいですが、私はもう何年もビニール傘を買っていません。ビニール傘を買うぐらいならズブ濡れを選びます。選挙で使うビニール傘「シンカテール」が5000円もする高級品だということは知っています。でもそれは稀な例で、9割のビニール傘が捨てられること前提で持たれているという事実。忘れても盗られても痛くもかゆくもない。ビニール傘派の人には、それが一番のメリットなのでしょうけど、私はそれが嫌なのです。女子!そこの女子!ビニール傘ではなく、普通の傘に持ち変えてみて!それだけで、少し女子力が上がったような気になるから!と、偉そうなことを言っていますが、実は数カ月前に私は電車の中で傘を忘れてしまったのです……。しょぼーん。

数年前に買ったその傘は、値段は3000円ほどで高価とはいえないけれど、定期的に防水スプレーをかけたりして大切に使っていました。その日の天気予報は夜には雨が降るとのことでした。ビニール傘を買わない私は、天気予報で雨が降ると耳にしたら必ず傘を持って外出します。数年間どこにも忘れなかった傘なのに、その時は傘の柄を手すりにかけてジェイムズ・ヤッフェの『ママは何でも知っている』を夢中で読んでいた私。危うく乗り過ごしそうになり慌てて電車から駆け降りました。ミステリーってどうやったら書けるのかなあなどと考えながら、地上に出る階段をのぼりきり、どんよりとした鉛色の空を見上げた瞬間に気がつきました。傘がない……。井上陽水……。「お元気ですかぁ?」

傘をなくしてから数時間、仕事を終えた私は日比谷駅の駅事務室へと向かいました。対応してくれた若い駅員さんに「傘を忘れまして」と言うと、駅員さんはメモ帳を手に私の話に対して真摯に耳を傾けてくれました。「×時×分代々木上原発の千代田線で、2両目の車内です」憶えていた自分、あっぱれと思いましたねー。しっかり者の自分に思わずドヤ顔。そんなドヤ顔おばさんから聞いた情報をまとめて、どこかに電話する駅員さん。私は、ここまで状況がわかっているし、車内に残された傘など盗る人はいないだろう、すぐに見つかるはずとたかをくくっていました。ところがどっこい、電話を切った駅員さんは「届いていないみたいですね」と残念顔。そして彼は、蛇腹に折られた紙を私の前に広げました。「ちょっと、これは専門的なダイヤグラムなんですけどお」と、ここは彼がドヤ顔。数学の図式のように斜めの線がはりめぐらされているダイヤグラム。それを指差す彼の説明によると、私が乗った電車は常磐線直通のため、我孫子から先はJRの管轄になってしまう。そして、それがまた折り返して今度は小田急線直通で唐木田まで行ってしまった場合、傘が保管されたとしてもJRか東京メトロか小田急かで管轄が違うのだと。私が「東京で傘1本探すのってすごく大変なことなんですね……」とぽつりと言うと、彼は「今日届いてなくても、明日は届いているってこともありますから電話してみて下さい!あ、忘れ物センターよりも、ここの駅事務室の方が繋がりやすいかもしれません。こちらでも調べられますから!」とそこの電話番号を書いてくれました。やだ、超優しい。こんなに親身になってくれる男の人って、この先、彼以外現れないんじゃなかろうか?駅事務室で本気で結婚を考えた私です。脳内予定ではその後無事に見つかった傘と茶菓子を持って駅事務室を再び訪れ、彼にお礼を言って晴れておつきあいが始まるはずだったのですが、1週間探し続けても結局傘は出てきませんでした。

 それでも私は今後もビニール傘は買いません。傘に関しては女子力があると胸をはっていきたい。写真は私の傘たてです。水玉は普段使いのもので、赤はここ一番のフォクシーです。そしてその傍らには女子力を全て無にするバット。グリップの「西山」は小学四年生だった私が書いた文字です。我が家に侵入しようする不届き者はこれでぼっこぼこなので夜露死苦。

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』などがある。

 
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