アウシュビッツ│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#115

アウシュビッツ

2019-01-21 11:57:00

ごきげんよう。気づけば1月も下旬になりましたが、まだ誰か私にお年玉をくれるのではないかと待っている西山繭子です。前回のコラムでも書きましたが、この年末年始を私はポーランドで過ごしました。なぜ芸能人らしくハワイでもなく、独身女らしくパリでもなく、ポーランドを選んだのか。それは、アウシュビッツ強制収容所に行きたかったからであります。ご存知の方も多いと思いますが、アウシュビッツ・ビルナケウ博物館には中谷剛さんという唯一の外国人公式ガイドの方がいらっしゃいます。数年前にその中谷さんを追ったドキュメンタリー番組を見た時、そういえば父もエッセイに書いていたなあと思い出しました。父はエッセイの中で、中谷さんとの時間を『人間の尊厳を学ぶ授業』と書いていました。私がその授業を受けにアウシュビッツに行くことを話した時、父は「ハワイやパリじゃなくて、アウシュビッツを選ぶあなたのそういうところ、父は好きですよ」とグラスを傾けました。その時に父が「中谷さんのような立派な人を見ていると、父は死んだら地獄に行くんだろうなって思うよ」と言っていて、私は心の中で「うん、うん。わかる。お父さんは地獄行き」と頷いていたのですが、実際に中谷さんにお会いしたら「あ、これは私も地獄行きだな」と思いました。ただ中谷さんの素晴らしさについて延々と書くことは、中谷さんの本意ではない気がするので、それは心の中に留めておきたいと思います。
 私がアウシュビッツを訪れたのは大晦日でした。朝の9時、世界中からやってきた人々が白い息を吐きながら『ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になれる)』のアーチをくぐり敷地内へと入って行きます。囚人たちに植えさせたポプラ並木は、まるでどこかの大学のキャンパスのように整然としていて胸がつまりました。私は子どもの頃から、戦争に関する書物や映画に興味を持つことが多く、それは今でも変わりません。休日には録画してある戦争に関するドキュメンタリーを繰り返し見ています。映像は時にあまりにも凄惨で目を背けたくなることもあります。物のように扱われる死体の山、怯えた子どもたちの目、渦巻く憎悪。それを私はじっと見ます。誰かが私のことを悪趣味だと言いました。わざわざ死体の映像を見るなんて悪趣味だって。それでも私は見続けます。そして考えます。自分の中にきちんと刻みこむために。なかったことにしないために。しかしどんな映像を見ようと書物を読もうと、実際にその土地に立ってみて初めてわかることがあります。アウシュビッツで私の頬をさした風はどこよりも冷たく、足元をとられる泥濘には、心までとられそうでした。アウシュビッツ博物館の中でガラスの向こうに、没収されたユダヤ人たちの無数の靴が山積みになっていました。ゆっくり歩きながら、私はたくさんの足音に心の耳を傾けました。子どもの小さな靴を見て、その子が笑顔で学校に走って行く足音を聞きました。パンプスを見て、恋人のもとへ駆け寄る幸せそうな女性の足音を聞きました。大きな靴を見て、最後まで家族を守ろうと闘った父親の足音を聞きました。アウシュビッツを訪れた人は誰もが考えます。どうしてこんなことが?どうして同じ人間が?中谷さんは、今現在起きている問題を提起しながら、私たちにさらに考えさせます。この歴史を再び繰り返さないためには?簡単に答えが出ないことを、私たちは考え続けなくてはいけません。しかし、こういう時にいつも私がぶつかってしまう壁は「私なんかに何ができるのだろう」ということ。おちゃらけたコラムを書いて、女優としてもいまいちで、日々の多くは契約社員として働いて、そんな私に何ができるんだろうって。
 ポーランドから帰国した翌日から仕事が始まりました。そこで一緒だったヘアメイクの女の子が「西山さんの女子力のコラム読みました」と声をかけてきました。お礼を言いながらも、バカなことばかり書いてるって思われてるんだろうなあと苦笑いしている私に彼女は言葉を続けました。「年末に色々あって…、すごく落ち込んでたんですよ。でも西山さんのコラムを読んだらゲラゲラ笑っちゃって…。だから、ありがとうございます」ああ、私のこんな文章でも、誰かの心に寄り添える時があるのだなあ。世の中に影響を与えたり、莫大な富を生んだり、誰かの命を救ったり、私にそんなことは到底できません。それでも、物を書くということの先には僅かな光があるのだなと思いました。うん、これからもひたむきに書いていこう。ただ一応、自分に言い聞かせるためにも言いますが、この連載は女子力向上を目指して始まったコラムです。115回目にしていまだ女子力が向上どころか低下の一途をたどっているのは大問題です。というわけで、誰か私にお年玉をください。ひとまずジェラピケの何かモコモコしたやつを買って、手っ取り早く女子力を上げようと思います。せっかく真面目なことを書いたのに、やっぱり最後はこうなってしまうのが西山繭子です。らぶ。

image2

最近のコラム

西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website