新元号│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#120

新元号

2019-04-08 11:48:00

 新しい元号が発表になった時間、私は汗だくでバレエのレッスンを受けておりました。一緒にレッスンを受けていたマダムが「新しい元号が発表になる時間にバレエを踊っていたなんて、なんだか素敵よね。だって、いつまでも憶えていそうじゃない?」と言いました。私は、このマダムのことが大好きです。こんな風に歳を重ねたいなあと思う女性です。彼女は60歳を過ぎてからバレエを始めました。ついでにサーフィンも。人生を楽しんでいて、いつもキラキラしているマダムはとても美しいなあと思います。性格も穏やかで愉快です。だからマダムに「この前、『相棒』の再放送見ていたら西山さんが出てきてびっくりしちゃった!ここで会う西山さんと全然違ったわ。やっぱり女優さんね!」と言われた時は「わ、嬉しい!ありがとうございます!」と素直に言えました。バレエシューズからトウシューズに履き替えながら「確かにそうですね。次の新しい元号になる時に、ああ、あの時は踊っていたなあって思い出しますよね」と頷いていると、マダムは「そうよね~。でもその時、あたしはたぶん死んでるわ。あはは!じゃあ、おつかれさまでした!」と言って颯爽とスタジオを後にしていきました。本当に素敵な人だなあ。いつまで経っても上手く立てないポワントレッスンに続いて夏のコンクールで踊るバリエーションの練習をし、月曜午前の日課であるバレエのレッスンは終了。もうこれを7年も続けているんだから、我ながらびっくりです。帰り道、電動自転車のアシストを最強モードにしてペダルを漕ぎながらも、新しい元号は何になったのだろうなあとそわそわ。スーパーに寄りたいけれど、そこで第三者からの会話で知るのも何だかなあ。やっぱり自分で知りたいよなあ。だったらスーパーに寄るのはやめようかなあ。でも今日は鶏むね肉がグラム48円なんだよなあ。じゃあ、一旦帰って新元号を確認してからスーパーに行こうかなあ。でも、それも面倒だなあ。と原稿の文字数をかせぐが如く葛藤している私の横を1台のオープンカーが通り過ぎました。光り輝く黒い車体に赤いレザーシートのメルセデス・ベンツ。サングラスをした母親らしき女性が運転をし、後部座席には丸々と太った少年が座っております。いいなあ、少年。生まれながらにしてのお金持ち。こっちは、金も家族も女子力もないんだぜ。昼間の住宅街の路地で少年を乗せたベンツを、電動自転車に乗ったおばさんが追いかけるという何とも哀しい絵面になってしまいました。しかし本当の悲劇はここからでした。次の十字路に差し掛かった時のことです。ベンツが交通標識で止まった瞬間、カーナビがテレビに切り替わり、新元号の額縁を持った菅官房長官の姿が私の目に飛び込んできました。ぎゃー!恐るべし、オープンカー!丸見えじゃないかー!安全確認を終えたベンツはすぐに動き出したため、画面は再びカーナビに。そしてそのまま速度をあげて私から遠ざかって行きました。この数秒の出来事に唖然とした私は、しばらく立ちすくんでしまいました。ああ、新元号をこんな形で知るなんて…。電動自転車に跨りながら、金持ちのオープンカーのカーナビで知るなんて…。これはマイケル・ジャクソンの訃報をまったく仲良くない友だちからの「マイケル、死んだらしいねw」というメールで知った時と同じぐらいショック。私は翌月に行われるはずだったロンドンO2アリーナでのLIVEチケットも取っていたので、本当にショックでした。暗澹たる思いで再びペダルを漕ぎ出した私は、そのままスーパーに向かいました。そしてショックのあまり爆買い。といってもスーパーオオゼキ下北沢店なので、べらぼうに高い食材が売っているわけではありません。まあ5000円ぐらいの出費。しかしポイント5倍デーでもない日にオオゼキで5000円を使うというのは、私にとっては完全なる有事でありました。
 帰宅後、私は「別に、もう知ってるけどさあ」とふてくされながらテレビをつけました。あーあ、あのオープンカー親子のせいで記念すべき今日という日が台無しだよ!と思った次の瞬間、私の目に驚愕の映像が飛び込んできました。数十分前にもカーナビで見た菅官房長官の姿。そして、その手には『令和』の文字・・・。え?レイワ?イマワじゃないの?・・・な、なんとあたくし!カーナビで見た元号を『今和』と見間違えていたのです!自転車を漕ぎながらずっと、イマワなのか?コンワなのか?とずっと考えていて、イマワはイマワで今半みたいだし、コンワはコンワで困惑って感じで、元号としてはどちらも微妙、と悶々としておりました。それが本当は『令和』だったなんて!ああ!美しい元号ではありませんか!日本人に生まれて良かった!来たる令和時代、私も美しく凛と生きていこう!写真は、友人と書いた幻の元号『今和』です。

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website