不思議な楽器│中島さなえの「四方八方ゆーわくぶつ」

中島さなえの「四方八方ゆーわくぶつ」

Writer

中島さなえ

#012

不思議な楽器

2020-03-31 22:03:00

 先日ひょんなことから、久しぶりに音を出した楽器がある。その名もマトリョミン。20センチ弱ほどのかわいらしいマトリョーシカの中にテルミンが入っている。テルミンは1920年にロシアの発明家レフ・セルゲーエヴィチ・テルミン(覚えにくい名前!)が発明した世界初の電子楽器だ。これがまた不思議な楽器で、アンテナから電磁場が出ていて、そのアンテナに手を近づけたり離したりすることで音の高さが変わる。スイッチを入れてまず出ているのは「ヴヴヴヴヴ……ユウィーーンユウィンウィンユーーーン」といった電子音で、これがまた面白いのだ。演奏が上達してくると音は安定して、チェロのような深くあたたかみを帯びた、これまた魅力的な音色になる。本来のテルミンは机や棚くらいの大きさで大型だが、このマトリョミンは手の上にのせて演奏することができ、いわば手乗りテルミン、全国で熱狂的なファンがいるのだ。開発者はテルミン奏者の竹内正実さん。マトリョーシカの中にテルミンを入れちゃおうなんて、なんという斬新なアイデアだろう!かくいうわたしもそのビジュアルと演奏形態の面白さに魅せられてマトリョミンを入手した一人だが、音程を操るのが難しく、いまだにちゃんと演奏できたためしがない。

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 以前、レギュラーをつとめていた朝の生放送ラジオの出演最終回に、リスナーさんへの御礼とご挨拶でこのマトリョミン演奏を披露したところ、「放送事故かと思った!」「笑った」と反響をいただいた。それを知ったマトリョミンの会の代表者からも「わたしたちは定期的に演奏会などをやっています」とご連絡をいただいた。複数人(時には何十人)でグループ演奏している動画も観た。しかしわたしはグループ演奏への参加はやめておくことにした。相当な訓練を積まないとアンサンブルを破壊するだろう。一人で音を出して遊んでいても十分楽しく満足だ。
 わたしは普段、サックスを演奏しているが、キイを指で押さえると決まった音が出る仕組みなので、テルミンより百倍易しいと思っている。スライドと呼ばれる伸縮管を操って演奏するトロンボーンや、すり鉢状になったドラム缶を叩いてトロピカルな雰囲気のメロディを奏でるスティールパンなども難しい。なんだったら口笛も相当ムズい。とにかく、”さじ加減“で音程を操る楽器は、演者のテクニックと音感と歌心がどれだけあるかにかかっていると思う。
 世の中には他にもレアで不思議な楽器がたくさん存在している。それを極めた人がいて、演奏している動画をインターネットで観ていたらあっという間に時間が経ってしまうという相当なゆーわくぶつだ。今日もわたしの部屋の棚には、すっかりインテリアと化してしまったマトリョミンが微笑みながらたたずんでいる。「楽器として生まれてきたのだから、たまにはでたらめでも音を出してあげないとな」とスイッチを入れるのだ。ユウィーーン。

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中島さなえさんINFORMATION

作家。1978年、兵庫県宝塚市に作家・中島らもの長女として生まれる。2009年エッセイ集『かんぼつちゃんのきおく』、2010年初小説『いちにち8ミリの。』でデビュー。他に小説『ルシッド・ドリーム』『放課後にシスター』、エッセイ集『お変わり、もういっぱい!』がある。サックスプレイヤーとしてバンド活動もしている。
研究施設から逃げ出したうさぎをめぐる連作短編集『わるいうさぎ』が双葉社より、「いじめ」をテーマにした短編を収めた競作アンソロジー『「いじめ」をめぐる物語』が朝日新聞出版より発売中。

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