おっちょこちょい│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#151

おっちょこちょい

2020-07-23 17:50:00

 自由が丘で仕事仲間と食事を楽しんだ帰り道のことです。いつもであれば21時には就寝している私が、この日は久々の夜更かし。時計はすでに23時を回っています。仕事の疲れといただいたワインでほろ酔いの私は、車内の座席でうつらうつらしていました。電車が渋谷駅に止まり、ここから先、東横線は副都心線に変わります。私が降りる駅は次に停車する明治神宮前です。ああ、明日は久しぶりのお休みだ。でもフランス語の授業があるから、その前に用事を済ませよう。出張所で戸籍謄本をもらって、それからスーパーに行って、あ、ポイント10倍デーだから薬局にも行かないと。そんなことを考えながら目を閉じる私。はあ、今日も疲れたな。ずっと立ちっぱなしで足がパンパンだ。パンパン。あれ?明日の朝のパンってあったっけ?まあ、なかったらごはんでいいか。あれ?でも冷凍ごはん、まだあったかな?うーん…。自分では目を閉じて考えごとをしていたつもりだったのですが、次に目を開けるとそこは北参道駅でした。あちゃー。寝過ごしたあ。私はしょんぼりと夜のホームに降り、反対方面の電車を待ちました。時間が遅いこともあって本数が少ないことに、さらにしょんぼり。はあ、何をしているんだ。睡眠時間がますます短くなってしまう。しばらくしてやってきた電車に乗り込んだ私は、疲れが倍増した身体をどさりと座席にゆだねました。ぼんやりまわりを眺めると、まばらな乗客は全員しっかりとマスクをしています。さすがだなあ、日本人。しかし、いつまでこのコロナ禍は続くのだろう。これからもずっとマスク生活なんて耐えられない。マスクによる肌荒れに悩む私は、悲しみに嘆きながら再び目を閉じました。自分では少し目を閉じた、というか長めの瞬きのつもりでした。しかし次に目を開けた時、驚くことになんとそこは渋谷駅でした。え?なに、これ?魔界?ひょっとして、ここは魔界なのですか?路線図に名前はあるものの、絶対に降りることのできない駅、それが明治神宮前駅。頭の中に『世にも奇妙な物語』のイントロが流れます。40年以上メトロポリス東京で暮らしている私ですが、このような異次元に入り込んでしまったのは初めてです。私は恐怖に震えながら、反対方面へと向かう電車のホームに移動しました。ひょっとして私は、もう二度と家に帰ることができないのでは。一生、渋谷駅と北参道駅を行ったり来たりするのでは。ホームで震えながら、さらに本数が少なくなった電車を待ちます。むろん渋谷駅からは他の方法で帰ることもできますが、これはもう闘いです。私vs魔界。ロード・オブ・ザ・リングみたいな感じです。しばらくして和光市行きの電車がやってきました。やや緊張しながら乗り込んだ車内は案の定がらがらでしたが、闘いに勝つために気合を入れた私は、広々とした空間でムムっと仁王立ちしました。絶対に負けない。電車は時間通りに渋谷駅を出発し、車内には次の停車駅のアナウンスが流れます。「次は明治神宮前、原宿です」今度こそ、絶対に降りてやる。私は金剛力士像のようにカッ!と目を見開き、地下鉄の窓に映るもう一人の自分と対峙しました。そして電車が明治神宮前駅に止まり、扉がゆっくりと開きます。ホームへと降り立ち、まわりを見渡すとそこはいつも見る明治神宮前駅でした。ああ!戻って来られた!私は魔界との闘いに勝ったのです!みなさんも気をつけて下さいね。眠い時には座らない。これは鉄則です。
 こういったことを「おっちょこちょい」という可愛い言葉で済ませられれば良いのですが、私の場合は自分でも信じられないほどのミスを犯すことがあるので、なかなかそうもいきません。仕事で青森に行くために東京駅で新幹線の切符を自動改札に入れたところ、ピンコンとひっかかり、駅員さんに見せると「これ、明日の切符ですね」と出発日を間違えていたり、DVDを返却するためにツタヤに行ったのに肝心のDVDを家に置いてきたり、はたまたそのツタヤで『Mrウッドコック史上最悪の体育教師』を借りようと思ったら残念ながら貸出中でがっかりしたのに、帰宅したらそれを借りていたのが私だったりと、ミスに可愛げがないのです。ミスにさえも女子力がないのです。この歳になると、加齢による物忘れも多くなるのでスーパーに行く際は、メモが必須です。よし、これでばっちり!と大好きなオオゼキへと向かう私。しかしあろうことか、その肝心のメモを家に置いて出かけてしまうのが私なのであります。そして結局「牛ごぼうのだしすき煮」を作りたいのにごぼうを買い忘れるというね。はあー、昔はもっとしっかりしていたのになあ。写真は、フランス語の授業に行くのに筆箱を忘れたことに気づき、急遽コンビニで買った鉛筆です。

image2

2020.7.27 配信

最近のコラム

西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website