誕生日│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#163

誕生日

2021-01-25 15:36:00

 43歳になりました。ここ最近は母親が自分の年齢だった時のことをよく考えるのですが、母がこの歳の頃、なんと私は16歳。あまりにも最近の出来事で、眩暈がしてきます。27年も前だけど振り向けばすぐそこにある青春の日々。当時の私はぴっちぴちの若さとぷるっぷるの可愛さを武器に、世界は私のものだと言わんばかりに人生を謳歌していました。しかしルーズソックスを履いて渋谷を闊歩したと思いきや、別の日には白い長靴を履いて魚屋でアルバイトをしているという妙な女子高生でもありました。「スズキのエラ、マジで超キレっから気をつけて」とセンター街で友人に話していたのもこの頃です。そんな16歳の娘を育てていた43歳の母と比べて、今の私は何と未熟なことでしょうか。ああ、穴があったら入りたいとはこのこと。恥ずかしいったらありゃしない。誕生日の朝も、お祝いのメールをくれた母にひとまず「結婚もせずに、仕事もしてるんだかしていないんだかで、いつも心配をかけてすみません」と謝りました。それにしても昨年の誕生日は父親が倒れ、今年はコロナ禍。致し方無いとはいえ、一年に一度の誕生日ですからね、少し残念な思いはあります。しかし、あれからもう一年かあ。早いような気もしますが、あまりにも壮絶な日々だったので脳が無意識に忘却の彼方に押しやっているのか、遠い出来事のようにも思えます。
 昨年の42歳の誕生日の夜、私は事務所の社長はじめスタッフ数人と鉄板焼きを囲んでおりました。肉に野菜にフォアグラに鮑にケーキ、そしてシャンパン。最高のお祝いしていただき、まさに完璧なる誕生日。そして「今日はありがとうございました!これからもよろしくお願いいたします!」と帰りの車に乗り込もうとした時のことです。めったに鳴らない私の携帯電話が鳴りました。知らない番号からだったので、最初はとらなかったのですが、何度も立て続けにかかってきたので、これは何事だろうかと恐る恐る通話ボタンを押しました。電話の主は父の奥さんでした。切羽詰まった様子で父が倒れて病院に搬送されたと言われたのですが、シャンパンで酔っている上に極度に動転した頭がうまく回るはずもなく、なぜか奥さんのことを父の妹と勘違いする私。そして、あたふたしながら搬送された病院を教えてもらうも、その病院名がなかなか頭に入ってこない。タクシーの運転手さんにもすごくとんちんかんなことを言っていたような記憶がありますが、何とか病院へ着くことができました。そして、そこで聞いた父の病名はくも膜下出血。もちろんその名を聞いたことはありましたが、それが自分の父親のこととなると、なかなか受け入れられなくてどこか他人事で捉えている自分がいました。私にもわかりやすいように、言葉を選びながら丁寧に話をしてくれる先生。そんな先生に、私は自分が酔っていることを知られたくなくて、必要以上に先生の目を真っ直ぐ見ていたことを憶えています。黒いレースのワンピースに、真っ赤なパンプスを履いて、真っ赤なネイルをして、お酒の匂いをプンプンさせて、ああ、あたし、絶対に水商売だと思われてる。父親が生死を彷徨っている時に酔っ払ってやって来た最低の娘だって思われてる。違うのよ。私、誕生日なのよ。まったくもう、父ったら、誕生日に倒れないでよ。ああ、このことを早く父に話したい。父のことだから、きっとおもしろおかしくエッセイに書くのだろうなあ。私は状況の深刻さから逃げるように、夜の病院でそんなことを考えていました。大丈夫。絶対に大丈夫。父が死ぬはずない。まだ果たしていない私との約束がたくさんあるんだから、死ぬはずがない。死ぬはずがない。絶対に死なせない。暗い集中治療室のベッドに横たわる父に心の声で呼びかけ続けました。そんな42歳の誕生日でした。
 昨年に比べたら穏やかとはいえ、今年はコロナ禍でひとりぼっちの誕生日です。さすがに何もできないのものなあと思い、パティスリーSATSUKIのスーパーメロンショートケーキを予約しました。もちろんお祝いのプレートも忘れずに。一番小さな4号サイズではありますが、あの豪華なスーパーメロンショートをホールでひとり占めという贅沢。ああ、なんて幸せなのだろう。一口食べてうっとり。もう一口食べてまたうっとり。こうして一人でも幸せな気持ちになれるなんて、おひとりさま最高!と完食したのでありますが、43歳になって早々に学んだことがあります。それはどんなに美味しいケーキでも食べすぎたら気持ち悪くなるということ。来年の誕生日こそは、完璧に過ごしたいものですね。

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2021.1.25 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website