痛みに向き合う│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#166

痛みに向き合う

2021-03-08 12:03:00

 私が嫁に行けないのは、その昔、雛人形をなかなか片付けてくれなかった母の責任であろうということで「この落とし前、どうつけてくれるんですか?」と電話をしたところ「お姉ちゃんは結婚しました」と即答。くうー、母のせいにはできなかったかあ。一人暮らしの我が家に雛人形はありませんが、それでも節分同様、イベントは大切したい。外で楽しむことができない今だからこそ、家の中でできることは充実させたいですね。今年になってから花を絶やさずに飾っているので、ここはもちろん桃を生けました。買うのがぎりぎりになってしまったところ、お花屋さんが「もう咲き終わりだから」と僅かばかりまけてくれました。おかめちゃんエコバッグといい、普段から行いが良い私には福が多いのです。雛祭り当日は朝から仕事で、ちらし寿司は作れませんでしたが、はまぐりの潮汁だけは作りました。それにしても、はまぐりってお高いのね~、奥さん。思わずスーパーで二度見してしまいました。安価で手に入る小粒な台湾産もありましたが、ここは女子の節句ということで女子力も相まって立派な千葉県産を奮発。はまぐりはぴったりとその二枚貝が合うことから、一人の伴侶と末長く暮らすという象徴でもあります。これだけ奮発したのだから、いい伴侶とめぐり合せてくださいませよ、はまぐりさん。と、何だか意味合いが変わってきましたが、さすが高価なだけあってその味は絶品。ぐびぐびと美味しくいただきました。そして食後にはもちろん桜餅。ここ最近、和菓子の美味しさにはまっております。何となく洋菓子よりも罪悪感がないところも良いですね。太ることには変わりないのだろうけど。桜餅を買ったお店では、お彼岸のおはぎのちらしをいただきました。こしあん、つぶあん、ごま、きなこ。どれにしようか迷ってしまいます。今から楽しみでしかたありません。お墓参りにも行かないのに。
 と、こんな呑気に過ごしてしますが、東京は緊急事態宣言が延長されてまだまだ我慢の日々が続きます。お寿司が食べたい、焼肉が食べたい、河豚が食べたい、サムギョプサルが食べたい。でも我慢です。パリに行きたい、友だちとバカ笑いしたい、彼氏といちゃつきたい。でも我慢です。あ、そもそもいちゃつく彼氏がいなかった。しかしコロナ禍になって、自分がわりかし我慢がきく人間なのだなということは新たな発見でありました。緊急事態宣言下に銀座の高級クラブにも行きませんし、西麻布の会員制ラウンジにも行きません。ただ人と会えないぶん、映画を見に行くとか、美術館に行くとか、神社に行くとか、不要不急の外出と言われてしまえばそれまでですが、飛沫を飛ばすことなく一人でできる気分転換はしています。最近では久しぶりに下高井戸シネマに行きました。以前、近所に住んでいた時は会員だったので頻繁に通っていたのですが、気づけば数年ぶり。映画好きの方はご存知だと思いますが、ここのラインナップはとにかく素晴らしい。今回は「絶対に見たくない」と思っていたのに、いつの間にか「絶対に見なければ」に変わっていた映画『異端の鳥』を観ました。映画祭の上映で、あまりの残虐さに途中退場者が続出したというこの作品は、ホロコーストを逃れた少年が主人公です。2018年の大晦日にアウシュビッツを訪れた私は、ホロコーストに関する映画や文献をむさぼるように見たり読んだりしているのですが、この作品は耐えられそうにないと思い避けていました。でも心のどこかでずっと気になり続けていたのです。それは作品にというよりも、目を背けている自分に対して。かつて多くの人々が非人道的な大量殺戮を知りながら、知らないふりをしていました。自分は巻き込まれたくないと目を背けていました。大袈裟かもしれませんが、残虐さに耐えられそうにないから、自分がしんどい思いをしたくないからこの作品を見ないというのは、そのかつての人々と変わらないのではないかと思ったのです。アウシュビッツ博物館でガイドの中谷剛さんから教わった向き合うことの大切さ。それを忘れてはいけないと改めて思いました。結果から言いますと、本当に観て良かったという感想しかありません。コロナ疲れなんて言葉は私には無縁と思っていましたが、気づけばハッピーエンドやコメディ映画ばかりを観ていた今日この頃。無意識に心が疲弊していたのかもしれません。そんな中であえて痛みに向かっていった今回。その痛みは刺激となり、ここ最近止まっていた足を前へと進めてくれました。水野晴郎氏の言葉をそのまま借りますが、いやあ、映画って本当にいいもんですね。写真は痛みに向き合った自分にご褒美、ということで下高井戸の名店ノリエットのケーキ『シシリア』です。結局、そこ。でも、それも良し。

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2021.3.8 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website