移動祝祭日よね│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#167

移動祝祭日よね

2021-03-19 18:51:00

 朝はいつもNHK-BSのワールドニュースを見ます。先日、フランス国営放送F2のニュースで「やむを得ない理由がなくても渡航できる国が増えました」という言葉と共に7か国のリストが出ていました。そこにはオーストラリア、シンガポールに並んでJaponの文字があり、72時間以内のPCR検査陰性証明書があれば出国可能とのこと。1日の新規感染者数が3万人を超えている国がそんなことをして良いのだろうか。フランスの多くの都市はいまだ夜間外出禁止令が継続中で、パリに暮らす友人のオスカルも「どこにも遊びに行けない!」とストレスをためこんでおります。「東京の場合、飲食店は一応21時までだけど強制じゃないからやっているところもあるし、映画館も劇場も美術館もやってる。お店も普通にやってる」と言うと「いいなあ。どうせテレワークなら日本でもできるよなー。行きたいなー」とな。確かに自由とお金があれば、実際にそうする人もいるのでしょうね。「じゃあ、オスカルが日本に来るなら部屋を交換しよう!私はパリに行く。ロックダウンでもパリにいられるだけで幸せ」オスカルは冗談だと思って笑っていましたが、どこにも遊びに行けなくても良いからパリに行きたい。なぜならパリは移動祝祭日だから。と文豪ヘミングウェイも言いました。パリという街はそこにいるだけで心を高揚させる魅力があります。Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されている「写真家ドアノー/音楽/パリ」展を観たら、その想いはさらに強まりました。ああ、せめて心だけでもパリへと、6畳の小さな部屋でお気に入りの過ごし方を頭の中に描きます。
 日本から直行便で行くとシャルル・ド・ゴール空港に到着するのは午後になります。そこから市内へ向かう高速道路A1は、その時間帯はいつも渋滞。しかしパリに来られた喜びを前には、そんなこと気にもなりません。左手に巨大スタジアム『スタッド・ドゥ・フランス』が見えたら市内はもうすぐそこ。98年フランスW杯、私はこのスタジアムでイタリアvsオーストリアの試合を観ました。それが初めてのフランス。右も左も、そして言葉もわからない私は一人旅の寂しさから母に何度もコレクトコールをかけました。今はなきシステム、コレクトコール。ホテルに着いたら長旅の疲れをさっとシャワーで洗い流し、歩いてすぐのカフェ・フーケに向かいます。この1899年創業の老舗カフェを私と姉は風月堂と呼んでいるのですが、もちろんゴーフルは置いていません。シャンゼリゼ通りに面したテラス席に座り、花の都に再び来られたことを祝ってシャンパンで乾杯です。パリの夕べを楽しみたいところですが、ここは長居せずに地下鉄に乗ってセーブル・バビロン駅まで。そして有名なブーランジェリー、ポアラーヌで滞在中に食べる用のクッキーを買います。お土産用はまた帰国前に改めてというのがいつもの段取り。有名百貨店ギャラリー・ラファイエットでも売っていますが、ここはお店まで足を運びたいところ。そして無事にクッキーを手に入れたら、その足でディナーへと向かいます。最初の夜はやっぱりフレンチ?ビストロ?タルタル?いやいや、韓国料理です。7区にあるSAMOに行くと「アア~!」と本当に覚えているんだかいないんだか微妙なリアクションでおばちゃんが歓待してくれます。食事に関しては、若い頃と違って「何が何でも現地の料理を!」ではなく、無理をしないようになりました。コムタンスープが優しく胃にしみわたります。もちろん滞在中にはフレンチも楽しみます。そんな時は大衆食堂のブイヨン・シャルティエへ。いつでも超満席の人気店ですが、安く気軽に食べられるので大好きです。以前ここで隣の人が食べていた生クリームがのったデザートが気になり、フランス語のメニューの中からきっとこれだろうと「crèmeナンチャラ」を頼んだところ、まったく違うあんこ山盛りみたいなものが運ばれてきたことがあります。フランス語を勉強している今だったら「ケスクセ?」と訊けるのに。地図を見なくとも歩けるパリではありますが、だからといって通なことを知っているわけでもなく、「暮らすように旅をする」なんてお花畑なことを言うわけでもなく、エッフェル塔に目を輝かせ、セーヌ川で遊覧船に乗って、ルーブル美術館でモナリザを見て、と王道の観光を楽しみます。歩いて歩いて、疲れたらカフェで一休みして、また歩いて。私にとっては、ただ歩いているだけで幸せな街。それがパリなのです。そして、そのパリでいつも安心して過ごせるのは定宿であるホテル・ダニエルのおかげ。このパンデミックの最中、一番の心配どころでありますが、支配人のセシルいわく「大丈夫よ。またいつか繭子がパリに来られる日を楽しみにしているわ」とのこと。その日までせっせとフランス語の勉強を頑張ろう。そして、次こそはあんこ山盛りではないデザートを食べるのだ。

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2021.3.22 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website