疲れています│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#189

疲れています

2022-02-28 12:08:00

 店の軒先に猫がいました。小さくて可愛いなあ。猫がいる生活ってどんな感じなんだろうなあ。それにしても大人しいなあ。こんな大人しい猫っているんだなあ。目を細めながら近づいてみるとそれは置物でした。疲れているのかもしれません。はたまた別の日には、吉本ばななさんの『ミトンとふびん』におさめられている『SINSIN AND THE MOUSE』を読んで人目も憚らず号泣。朝の通勤時の山手線内で号泣。そしてせっせと仕事をした9時間後、帰りの山手線内でも再び号泣。やっぱり疲れているのかもしれません。そのせいか、その足で行ったスーパーでも何を買えばいいのかうまく頭が働きません。いつもであれば買い物リストを作ってから行くのですが、面倒でそれさえも出来ませんでした。いつも同じような食材ばかり食べているから、何か違うものを。何か元気になる美味しいものをと店内をうろうろ。ああ、春の野菜を食べたいな。そしてスナップエンドウを買おうかアスパラガスを買おうか迷う私。どちらも買えれば良いのですが198円の商品を一度に2つ買うというのは私にとってはたいそう贅沢なこと。迷っている間に、ああ、毎日あくせく会社で働いているのに198円の野菜を2つ買うことも出来ないのかと何だか悲しい気持ちになってきました。ああ、何もできない。何も決められない。閉店前のタイムセール、客がごった返す店内で思考が停止してしまった私は、空のままの買い物カゴを戻してスーパーをあとにしました。無駄な時間を過ごしたことに、そしてそんな時間の使い方をした自分に嫌気がさして疲れは倍増。帰宅した私は、玄関で靴を脱いだと同時にその場で洋服まで脱ぎます。誰もいない暗く寒い玄関で震えながら全裸です。奇怪な行動ではありますが、仕事が終わって帰宅後に一度座ってしまうと再び立ち上がるのに本当に時間がかかるのです。なのでシャワーを浴びるまでは、もう無心で服を脱ぐ。そして溜息をつきながらシャワーを浴びる。お風呂あがりは女子力高めなスキンケアをする気力はなく、化粧水と乳液をパシャパシャと顔にたたいて終了。そして録画してあった『世界ふれあい街歩き』をぼんやり見ながら、歌舞伎揚げを1枚食べて寝ました。夕飯が歌舞伎揚げって!しかしここ最近、一向に回復しないメニエール病も重なって気分はどんより。週に1度のフランス語のレッスンも「どうせフランス行けないし」とモチベーションがあがらず、毎週出される膨大な宿題をこなすのがやっと。前回のコラムに書いた『雨に唄えば』を観に行ってからまだ3週間しか経っていないのに、人の心とは、花の色と同じくうつりにけりないたづらにであります。いつもこのコラムでは、ハッピーヤッピー、マンモスうれピーな雰囲気を心がけて書いていることが多いのですが、ここ最近は自分が何のために生きているのだろうと自問する日々。かっこよく言えば哲学的でありますが、そんな必要もないので普通に言いますと「ミッドライフ・クライシス」、中年の危機ってやつなのだと思います。44歳、人生の折り返し地点にきています。改めて自分の人生を見つめてみると、結婚もできず、子どもも産まず、そうかと言って仕事をばりばりしているわけでもなく、19歳からしがみついている女優業は鳴かず飛ばずで、あげくの果てにはスナップエンドウとアスパラガスも買えないという散々たる現状。そりゃ楽観的な私でも落ち込むわな。そんな精神的にもしんどい日々ですが、生活がありますからメニエールのめまいで足元がふらつきながらも頑張って毎日出社します。20代の子が「なんかメンタルヤバいんで、一ヵ月休みます」と言ったぶんの仕事も44歳のおばさんが必死でカバーします。ザッツ不条理。まあ働かざるもの食うべからずですからね。しかし、ここ最近では自分が老後のためだけに働いているような気がしてなりません。よく老後2000万問題と耳にしますが、これはあくまでも暮らす家があって夫婦で年金が満額貰える世帯のお話。人生100年時代と言われている今、持ち家がない独り身の私などは、とてもじゃないけれどその額ではまともな生活をすることはできません。そうなると老後の孤独で貧しい生活のために、今必死で働いている自分って何なんだろうなと思うのです。考えれば考えるほど、ドツボにはまってどっぴんしゃん。まあ人間、いつもやる気、元気、いわきではいられないので、こんな時期もあるのでしょう。暖かくなったら少しは気分が良くなるかもしれませんね。頑張りすぎずに歌舞伎揚げを食べながら、そんな日を待ちたいと思います。

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2022.2.28 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website