ごきげんよう│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#214

ごきげんよう

2023-03-12 17:07:00

 美容院での楽しみの1つに雑誌があります。普段、雑誌を手に取ることがめったにないので、情報収集にはもってこいの時間。私の場合、ファッションや美容に関しての知識が疎いので、そのあたりを重点的に読みこみます。春夏の流行は?新しい美容液は?そんななか、さあ次の雑誌をと選んでいた時にふと目に入ったのは『セブンティーン』でした。それまで読んでいた『eclat』や『素敵なあの人』といった50代、60代向けのファッション誌から猛スピードでUターン。その時、カラーをやってくれていた若いスタッフたちも奇妙に思ったことでしょう。しかし、なぜアラフィフの私が10代向けの雑誌を選んだのか。それは、今春から高校生になる甥っ子1号の気持ちを少しでも理解したかったからです。先日も彼が学校の行事でディスニーランドに行くという情報を得た私は、朝からLINEを送りました。「おはよう!良い天気で良かったね!」「まーたんも一緒にダンボ乗りたいなあ!」「今、何に並んでるの?」「チュロス美味しいよね!」「ビッグサンダーマウンテン乗った?」「まーたんにはお土産、大丈夫だからね」「もう帰り道?」ハートマークの絵文字とともに、たくさんの愛を送ります。しかし、なぜでしょう。待てど暮らせど既読になりません。心配になった私は姉に電話をしました。「LINEが既読にならないんだけど、スマホ壊れてるの?」「いや、壊れてないよ。無視されてるだけでしょ」え?そんなことってあるの?大大大好きなまーたんじゃないの?そして3日後、甥っ子からやっと返信がありました。そこにはたった一言、「楽しかったです」と。あああああああ!まさかの敬語おおおおおおお!まーたん、悲しいいいいいいい!ということで『セブンティーン』を読んで、少しでも甥っ子に近づこうという作戦。しかしページをめくれどもめくれども、ばえ、ばえ、ばえ。寝ても覚めても、ばえ、ばえ、ばえ。スタバよりドトール、アボガドより小松菜な私が、今さら映える生活にシフトするなど到底無理な話でありまして、甥っ子との距離は今後広がる一方なのだと悲嘆に暮れた春の始まりなのでありました。
 甥っ子には無視をされ、逆に無視をして欲しい父親からはしょっちゅう電話があるというツラさよ。この日も郵送で済むものを私が対面で届けるように父から申しつけられ、休日返上。ああ、私の人生っていったい、と思いながらぼんやりと銀座の街を歩いておりました。街には外国人観光客がずいぶんと戻ってきています。皆、両手にたくさんの紙袋をぶらさげて、とても満足気な様子。有料紙袋をあんなに…。なんて裕福なのかしら。私はこんなに毎日毎日働いているのに…。涙で目の前が霞んだ次の瞬間、どこかから神の声が。「汝、頑張ってるからマトラッセ買っちゃえよ」ふと顔を上げると、そこにはシャネル銀座店がありました。ここでも幾度となく登場したシャネルのアイコン的バッグ、マトラッセ。買おうか買うまいか悩み始めてから値上がりすること70万円。今では136万円となりました。それでも買う人が絶えない人気商品であります。だからきっと、エルメスのバーキンのようにめったにお目にかかれるものではないのだろうと思いました。そうそう。そんな簡単には手に入らないよ。在庫なんてあるはずないよ。そう自分に言い聞かせて、店に入りました。「何かお探しのものはございますか?」「あの、えっと。マトラッセの25cmの黒を探しておりまして」「素材はお決まりですか?」「ツルツルしていない方ですね。ザラザラの方」「キャビアスキンでございますね」「そうです、そうです」店員さんも、こんな女にマトラッセを売りたくないだろうよ。とは言え、在庫があるはずないし。あっても私になんて出さないだろうし。そう思いながら、確認に行ってくださった店員さんを待ちました。ああ、みんなお金持ちなんだなあ。あれは明らかにパパ活ってやつなんだろうなあ。と、他のお客さんを眺めていると、戻ってきた店員さんが私にそっと囁きました。「ございました。上の個室の方にどうぞ」え?あるの?嘘でしょ?その瞬間に身体中から汗が吹き出しました。いや、もちろん欲しいのだけど、探しているとは言ったのだけど、あったらむしろ困るというか、いや、これどうしましょう。案内された個室でどぎまぎ待っていると、憧れ続けたマトラッセが登場。お言葉に甘えて肩からかけてみると、一瞬にして肩まわりだけセレブです。なんて素敵なの!絶対に欲しい!でも136万円。何ヶ月分の給料よ?明日死んだらどうするよ?そして考えあぐねた結果、私の口から出た言葉は「今一度考えます」でした。ああ、なんてつまらない女なのでしょう。店員さんに手間までとらせて。帰り道、心底自分がイヤになってしまいました。そして追い打ちをかけるようにその2日後、驚くべきニュースが。『シャネル、またしても値上げ』48時間前に私が肩からかけたマトラッセは136万円から143万円になっていました。さらばマトラッセ。汝は永遠の憧れとなり。

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2023.3.13 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website