ヒモ彼氏
2023-08-14 14:50:00
思春期真っ只中、私に対していつも塩対応の甥っ子1号(15歳)からめずらしくLINEがきました。「マンチェスター・シティvsバイエルンの試合、観に行かない?」いつも私からのLINEは何日も放置するくせに、こういう時だけ調子いいんだから。ふん、どうせチケット目当てでしょ。そう思いながらも、叔母さんは「うんうん!行く行く!チケット、とれるように頑張るね!」と光の速さで即返信。セフレってこんな気持ちなんだろうなあと切なくなりながら、早速その試合の詳細を調べてみるとチケットの高さに驚愕。メインスタンドが8万円。もう家賃じゃないですか。プレミアム・ボックスなる席は1320万円。もう戸建てじゃないですか。女優、作家、会社員、オフィス伊集院の経理、仕事を4つしている私でも、そんな金額は払えませんよ。いや、頑張って働いているからこそ、払いたくないですよ。だって、まったく興味ないんだもの。ここで「あれ?マンCのサポーターじゃなかったっけ?」と思ったあなたはコアな西山繭子ファン。そうです、以前の私であれば、貯金をはたいてでもファンミーティングがついている高額チケットを買っていたでしょう。先ほど引退をした元スペイン代表のダビド・シルバに夢中になり、結婚しようと思いスペイン語学校に通い、2015年UEFAチャンピオンズリーグの予選を観にマンチェスターへ行き、その試合はバルサ戦だったこともあり満員御礼で、その大歓声の中でプレーするシルバを見て「あれ?すごいスーパースターじゃん。これは結婚は無理なのでは?」と気づいたという思ひ出。まわりの友だちには「気づくのだいぶ遅かったね」と残念そうに言われましたが、それでもシルバのおかげでスペイン語も少しはわかるようになりましたし(DELE A1持っています)、J SPORTSで何度かサッカー関連のお仕事をさせていただいたりと良いこともたくさんありました。しかし、それから時は経ち、メンバー表を見ればアグエロもコラロフもヤヤ・トゥーレもいない!わかるのは監督のペップだけ。これはバイエルンも然りで、唯一知っていたオリバー・カーンCEOが直前に解任されていたので、もう誰もわかりません。それでも先行抽選や一般発売に臨んだのは「どうせ取れないだろう」と心のどこかで思っていたから。そして案の定、撃沈したチケット争奪戦。甥っ子に「チケット取れなかった。ごめんね」とLINEを送ると「そっか。ありがとう」と返信がきました。取れなかったのに、ありがとうって…。甥っ子が私にありがとうって…。ああああああああ!叔母さん、何が何でもチケットとるううううう!そして知人に教えていただいたチケット公式リセールのサイトでポチっ!手数料込で15万7320円!チーン!くっそー!あいつら!フレンドリーマッチだからって、怠慢なプレーしたら許さねえからな!
そして迎えた当日、新国立競技場に向かう前にお弁当を買おうということでまずは新宿駅で待ち合わせをしました。スマホをいじる甥っ子の前にシルバの名前が入った2010-11シーズンのシティユニを着た叔母さん登場。その姿に「あ、どうも」と甥っ子。いや、何か言えよ。思春期の男の子ってこんな感じなのですかねえ。何はともあれデパ地下へ。「好きなもの選んでいいよ」という言葉に、叙々苑弁当を選んだ甥っ子。お前は、ヒモ彼氏か。それでも甥っ子とのお出かけに浮かれている叔母さんは「食後のデザートも買おうよお」「ポテトチップスも食べたいね」「チョコも買っちゃおう」と散財。ヒモ彼氏のかげに養う女あり。新国立競技場のまわりはそれぞれのユニに身を包んだサポーターたちで溢れ返っていました。甥っ子と2人での初めてお出かけは2014年、旧国立競技場での最後の日本代表戦でした。スタジアムのキラキラしたライトに照らされて、大歓声に少し驚いた様子だった6歳の甥っ子。帰りの電車で寝てしまい、抱っこして家まで送り届けたあの日から9年が経ちました。今では私よりもぐんと大きくて、人間の成長ってすごいなあと改めて思います。知っている選手もいなくて興味がないと思っていた試合でしたが、始まってみるとやはりそのレベルの高さは圧巻で、来て良かったなと心から思いました。ハーフタイムには2人で甥っ子セレクトの豆大福をもぐもぐ。「私、スタジアムで豆大福食べたの初めてだわ」「俺も」「デ・ブライネがしてるヘッドホン、すごく高いやつなんだよ」「500万とか?」「いや、そこまでしないと思う」「ハーランドってグレタさんに似てるね」「グレタさんって誰だっけ?」ああ、こんな風に叔母さんとお出かけしてくれるのはいつまでかなあ。どんなにチケット代が高額だろうと、まだまだ甥っ子ラブな叔母さんなのであります。
2023.8.14 配信
日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。
オフィシャルサイト→FLaMme official website