でっかい本│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#249

でっかい本

2024-08-26 11:07:00

 「今年も夏らしいことをしないまま夏が終わっていくなあ。はあ、今日も疲れた」会社での仕事が終わり、へとへとになった己を奮い立たせて向かうは父の事務所。早いもので父が亡くなって9ヵ月が経ちましたが、対応しなくてはいけないメールや書類はこれまで通りに届きます。なかでも一番多いのは、学校や予備校の問題に使用しましたという許諾書の返送作業です。ずいぶん前に教科書や問題集に作品が使われる現代作家ランキングというものを見ました。それによると父は浅田次郎さんに続いて第2位でした。今はそのランキングがどうなっているかわかりませんが、今でも『機関車先生』や『親方と神様』は多くの教育機関で好まれているようです。この日も届いた郵便物の封をチョキチョキとはさみで開け、書類にふむふむ目を通します。いつのもように学校名や使用料などをチェックしながらエクセルに打ち込んでいると「あれ?どういうこと?」という1枚が。そこにはなぜか振込先として私の口座番号が書いてありました。首を傾げながら、いまいちどよく読むと、それは私の作品に関する許諾書でした。どうして私への許諾書が父の事務所に送られてきたのか、その経緯はわかりません。まあ、親子だから窓口も一緒で大丈夫だろうという感じなのかもしれませんね。この「親子」という関係性に対する世間の信用度の高さも、この9ヵ月で学んだことの1つです。私と父のように一緒に暮らしたことのない親子であっても、親子関係を証明できる公的書類があれば、たいていの手続きができてしまう。便利とも捉えられますが、これによって苦しんでいる人がごまんといるのは容易に想像がつきます。それに比べれば許諾書が送られてくることなんて、たいした問題ではありません。その書類は、私が2013年に書いた『でっかい本』という短編小説を、とある高校の入学試験問題に使わせてもらいましたという内容のものでした。この作品は、これまでも何校かで使われているので、入試問題として使い勝手のよい作品なのかもしれません。以前、父に自分の作品が出題されたことを話すと「それは、あなたの小説が正しい日本語で書かれているということだから、大いに喜びなさい」と言っていました。ですので、今でもこうして取り上げてもらうことがあるとたいへん嬉しく思います。許諾書と一緒に必ず問題も同封されているので、毎回自分で解いてみるのですが、今回は1問目からつまってしまいました。「この時の主人公の心情は?」という四択問題だったのですが、どれもありそうで悩んでしまう。自分で書いたものなのに。普段、自分の作品を読み返すことはまずないのですが、久々に読んでみると、我ながら悪くないじゃないかと思いました。やればできるじゃないか、私、と。これは今の私にとって大きな勇気になりました。というのも、ここ最近取りかかっている小説があるのですが、同じところを書いては消し、書いては直し、そしてまた消すといった感じでなかなか物語が進みません。そもそも誰かに必要とされているわけでもないのに、なぜ私は書いているのか。なんのために書いているのか。そんなことばかり考えていました。しかし、久しぶりに自分の作品を読んでみて「いいじゃん、いいじゃん。なんとかなるよ」と楽観的になることができました。ちなみにこの『でっかい本』という短編を書いたのは、パリから日本へと帰国する飛行機のなかでした。空港でラッキーアップグレードのお知らせを受け、狂喜乱舞でビジネスクラスに乗り、ごはんを3膳おかわりしました。テーブルの上にある完食されたお皿を見て、3膳目を持ってきたCAさんが「何かおかずになるものも、お持ちいたしましょうか?」と訊いてくださったのですが「大丈夫です!お塩ください!」と、ひたすら米を食らう女。何しろ3週間スペインに滞在したあとだったので、身体がパエリアではない米に飢えていたのです。そんな心も身体も満たされた状態で、ポメラで書いた小説。大修館書店から出版された『辞書、のような物語』に入っていますので、興味のある方は読んでみてくださいませ。
 

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2024.8.26 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website