魚屋│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#270

魚屋

2025-07-13 10:01:00

 この季節、なんといっても嬉しいものはボーナスです。雨の日も風の日も、はたまた「液体洗剤を入れるタイミングは洗濯槽に水が入ってからが良い。洗濯物の上に直接かけるとシミや色落ちの原因になる」という事実を初めて知り、ほほう、ではそのようにと洗濯を始めたものの、洗濯槽に水が入り始めた頃にはそんなことはすっかり忘れ、45分後に鳴り響いた洗濯終了の合図音で「は!洗剤!」と気づき、泣く泣くもう一度洗濯をし直したというそんな日も、己を鼓舞してちゃんと出社した私。よく頑張っているよ、私。えらいよ、私。ですから胸を張ってボーナスをいただこうではないですか。給料の数か月分とはいかないけれど、それでも嬉しいボーナスです。会社よ、ありがとう。しかし嬉しさを感じたのはほんの一瞬のことでした。賞与明細をちらりと見れば、殺意を抱くほどの控除額。本当に働くのがバカらしくなってきます。そりゃ国の税収が過去最高になるだろうよ。それで2万円給付?いやいや、そうじゃなくてさ。配るくらいなら最初からとるなよって話。もうこの国は色んなことがめちゃくちゃです。この炎天下で道路工事の警備に立っている高齢者を見るたびに、絶対におかしいと思うのです。私自身、将来的にそのような立場になる可能性がかなり高いので、今、少しでもできることをと考え、積み立て投資などをしているわけでありますが、それだって、こちらはリスクを背負いながらやっているのに、利益が出れば20%も税金をもっていかれます。まったく、どういうことよ。そんな文句をぶつぶつ言いながら、家に届いた株主報告書を眺めていたある日のことです。貸借対照表も損益計算書もいまだに見方がよくわからないので、だいたい瞬殺で読み終わるのですが、その日はしばらく代表取締役社長の写真がのっているページを見つめていました。こんなことってあるんだなあ。すごいなあ。その会社は、私が高校生の時にアルバイトをしていた鮮魚店を経営しているのですが、なんとその時の店長が代表取締役社長になっていたのです。
 魚屋でアルバイトをしたことがあります。そう言うと、たいていの人は興味を示します。しかもそれが90年代の女子高生なのですから。なぜ魚屋なのかといえば、通学路の途中にあり、授業が終わった夕方からでも働けて、900円という当時の高校生にとっては破格の時給だったから。なので、特に魚屋にこだわりがあったわけではなく、条件が同じであれば、それが八百屋でも肉屋でも働いていたと思います。お店は大きな駅ビルのなかにあり、商店街にあるような魚屋よりはスーパーに近い雰囲気でした。それでも足元はしっかりと魚屋らしく長靴だったので、ルーズソックスをはいた足をぎゅうぎゅうとねじこんでいました。アルバイト初日、教育係であるパートの女性に連れられて店長のところに挨拶に行きました。そこには、パンチパーマまではいかないけれど決して堅気には見えない髪型のちょっと強面なおじさんがいました。「こちら、今日からアルバイトに入った西山さんです」「に、西山です。よろしくお願いしまっす」緊張する私に店長は「おっ。頑張ってね」と軽やかに声をかけてくれました。私の主な業務はレジ打ちだったのですが、働き始めた当初は魚がわからなくてだいぶ苦労しました。パック詰めされている商品はバーコードをピッとすれば良いのですが、困るのは1尾、2尾とビニール袋に入れられた魚たち。値段を打ちたくても、何の魚かがわからない。あなたは鯵なの?鰯なの?あわわわとなっていると、隣のレジ打ちのパートさんがお客さんに向かって「鯵ですね!」と言いつつ、私に教えてくれるというようなことが何度もありました。優しい人が多かったなあ。そうして働いていくうちに、どんどんと魚の名前も覚え、スズキのヒレはとても鋭いので持つ時は注意といった女子高生には無縁と思われる知識も得ることができました。また、今思い返すと、この鮮魚店を通して垣間見た大人の世界は、当時高校という井の中しか知らなかった私にとって、とても貴重なものだったように思います。社員よりもパートのおばさんの方が権力を持っているとか、見た目はすごく地味なバイトの女性がバージニア・スリムを吸っていて男と同棲しているとか、普段は温厚な中国人従業員2人が中国語で喧嘩をしているとそのまま殺し合いになるのではというぐらい怖いとか、5千円札を出したくせに「1万円出したんだけど?」と言ってお釣りを多くもらおうする卑劣な常習犯がいることとか。こうして書いていると、わりかし鮮明に覚えているものだなあ。今ならタイミーで働けちゃうかも。写真は当時バイト代で買ったCDです。好きな男の子が聴いていたからという理由でタワーレコードに走ったスイートビターな思ひ出。

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2025.7.14 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website