チャッピー│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#292

チャッピー

2026-06-08 09:54:00

 スーパーで特売のトマトの小箱を手に取りました。6個で299円。昨夏、『きょうの料理』で井上勝人シェフが紹介していた「フレッシュトマトのソース」が手軽で美味しく、何度も作り置きをしました。そろそろ暑くなってきたので、また作ろうと思ったのですが箱に並んだトマトのうち、1個がだいぶ緑色。他の箱を覗いてみるも、すべて同じような状態でした。自分ではどうにもわからなかったので、青果コーナーのおじさんに「すみません、こういうトマトって赤くなるんですか?」と尋ねました。おじさんは「冷蔵庫に入れないで日の当たらないところに置いておけば赤くなるよ。あ、でも甘くはならないよ」とすぐに教えてくれました。おじさん、すごい!思わず感動の西山です。自分の知らないことを知っている人、できないことをできる人を私は尊敬します。音が鳴るブレーキを直してくれる自転車屋のお兄さんだったり、家電量販店で買った洗濯機を取りつけてくれる業者の人だったり、換気扇からの水漏れを直してくれる工務店のおじさんだったり。専門の技術で人の役に立てるって素晴らしいことだなとつくづく思います。この日の青果コーナーのおじさんも然り。試しにこれをChatGPTに尋ねたところ、リコピンが云々、グリーン系の品種は云々と長い説明文をもって赤くなることは教えてくれました。でも甘くなることは教えてくれません。なぜなら私の問いが「緑色のトマトはそのうち赤くなりますか?」だったから。ここ最近何かと話題のAIですが、その進化はすさまじく、デジタルに疎いこの私ですらたまにお世話になるほどです。つい最近も、とある問いでChatGPTの力を借りました。「紺色のジャケットと茶色のジャケット、どっちを買ったら良い?」そう。こんなくだらない使い方しかできないんです。私がChatGPTだったら「自分で考えろ」ですよ。でもね、すごーく悩んじゃったんです。『プラダを着た悪魔2』を観た帰り道で、どうにも洋服が欲しくなっちゃって。紺色のジャケットに袖を通したところ「まあ、素敵」となり、そしたら店員さんに「茶色もありますよ」と言われ、着てみたところ「まあ、こちらも素敵」となっちゃって。そのあと、紺色と茶色を着たり脱いだり100万回繰り返したのですが、もうワケがわからなくなってしまい「ちょっと考えます」とその日は店を出ました。そしてChatGPTへの質問に至ったのであります。けっこう親身になって答えてくれて感動しました。素材や手持ち服を入力するとさらに詳しい意見を述べてくれるのですが、この時点で私の気持ちは茶色に傾いていたため「ウール素材の紺色のジャケットは持っている」などと伝えて茶色への後押しの言葉を引き出すような問答になっていました。生身の人間同士が相談をする時と一緒ですね。相談という名の答え合わせ。そうして茶色に気持ちを固めた数日後、再び店へと行きました。サイズもすでに確認済ですが、念のためいまいちどジャケットを羽織ります。すると、どうしたことでしょう。あれ?あまりピンとこない。「こちら、パンツとのセットアップも出来ますよ」と店員さんが奨めてくれたので、それはかっこいいかもと試着をしてみましたが、鏡に映った自分を見た瞬間、ハッとなりました。「こ、これは…、と、寅さんではないか」脳内に響く『男はつらいよ』のテーマ曲。試着室から出て店員さんにお断りをする際も思わず「色々と迷惑かけたな、さくら」と口走ってしまいそうでした。結局のところ『プラダを着た悪魔2』で気持ちが高揚していただけということです。数日寝かせたことで無駄な出費を防ぐことができました。私はそんな使い方しかできませんが、会社では若い子たちはかなりAIに頼っているなと感じます。先日も私が書いた文書の最終チェックをする若手に「これで大丈夫だと思うけど。何かあったら言ってね」と伝えたところ「あ、チャッピーがやってくれるんで大丈夫です」と言われました。「じゃあ最初から全部チャッピーにやらせろよ」という言葉を飲み込みながらも「チャッピー?ChatGPT以外にも色々あるんだね」とチャッピーがChatGPTの通称だと知らないおとぼけおばさん。数日後、彼女から「他の人が書いたやつってほとんどチャッピーが直さないとダメなんですけど、西山さんのって直すところがめちゃめちゃ少ないんですよ」と言われました。彼女のなかでは「チャッピー>西山さん」なので、それは褒め言葉だったのでしょう。その昔、私が書いた小説が初めて中学校の入試問題に使われた際、父が言いました。「それは、あなたがきちんとした日本語を使えているということだから誇りに思いなさい」この言葉はとても嬉しかったですし、大きな自信にもなりました。彼女に頼んでチャッピーが直してくれた私の文書を読ませてもらったところ、ちょっとしっくりこない言い回しに変更されており、やや奇妙な印象を受けるものになっていました。さすがに気になったので「これでいいの?」と尋ねたところ「チャッピーがOKしたんで」と。思わずムッとして「チャッピーってアメリカ人でしょ?」と眉間にしわを寄せてしまう私。「え?アメリカ人?」ぽかんとする彼女。ああ、心の成熟が足りていない。次は「どうしたら寛容な人間になれるの?」とチャッピーに訊いてみようと思います。

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2026.6.8 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website