曙くん│西山繭子の「女子力って何ですか?」

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西山繭子の「女子力って何ですか?」

#020

曙くん

2015-02-09 10:30:00

 あっという間に1月が終わってしまい、気づいたら大晦日なんてことになりかねないと危惧している西山です。2月は短いからさらにあっという間なので、気をつけないといけませんね。そして、この2月には日頃培った女子力がモノを言うビッグイベントがあります。それは、もちろん……建国記念日ですね。「建国をしのび、国を愛する心を養う日」であります。女子力が高い子は、日の丸をあしらったネイルをして、丸の内辺りで日本酒を飲んで、二次会はカラオケで国歌斉唱。さすが2月のビッグイベントですね。でもそれは、かなりトップレベルの女子力を持った人々の行動なので、まだまだ女子力が底辺の私は次にビッグなイベント、バレンタインデーについて言及してみようと思います。ちなみに私はバレンタインというフレーズだけで、国生さゆりさんの曲が無限ループする世代。最近の若い子のバレンタインソングって何かあるのかしら。西内まりやさんとかセカオワかしら。(頬に手を当てながら、知っている固有名詞を適当に言ってみるアラフォー)

 バレンタイン。それは女の子が、好きな人に告白するのをチョコレート屋が後押しする日です。だいたい合っていると思います。ここ最近は友チョコなどもあり、とにかく女は全員チョコ買っておけや、みたいな風潮がありますね。百貨店では世界中から有名なチョコレート屋が集まり、バレンタイン前の数日はバーゲン会場さながら女性が髪の毛を振り乱していますので、男性は決して売り場に近づかないで下さいね。ちなみに昨年は私もその中でチョコレートを購入。バレンタインの直前に『西山会』なる宴がありまして、西山という姓のおじさん3人とおばさん1人(私)で飲むという何とも地味な会。待ち合わせまで時間があったので、ふらりとチョコを買って行きました。私が「あ、これどうぞー」と何の意味もなく渡したのですが、おじさん3人、めちゃめちゃ喜んじゃって、男の人って可愛いのうと思った次第であります。ただ『西山会』に関しましては、西山あるあるとか、そんなネタがあるはずもなく、第二回目が開催されることはありませんでした。

 とここ数年、淡い思いなど一切ないバレンタインですが、むかしむかし女学生だった頃は、それはそれは一年で一番心をときめかせていましたよ。私は女子校に通っていたので、男の子との出会いは限られていました。その一つが毎朝同じ電車に乗っている人に好意を寄せるというものでした。女学生らしいこと、私もしていたんだなあ。あの頃の方が女子力が高かったような気がするなあ。私は、中3の時に毎朝同じ車両に乗る男の子・曙くんに胸をときめかせていました。ちなみに曙くんという名前は、曙橋で降りる彼に勝手に私がつけた名前です。ひょろりと背が高い三白眼の高校生。先ほどその当時の日記を読み返してみたのですが、ほぼストーカー化している自分に戦慄を憶えました。「曙くんの寝癖が可愛いかった」「曙くんがくしゃみをした。風邪ひいたら朝会えなくなっちゃう!」「曙くんの制服についていた白い毛はたぶん猫だ。曙くんの家は猫を飼っているのかもしれない」「曙くんが違う車両に乗っていた。避けられている?ひどい!」ひー!怖いー!もはや淡い恋心なんていえるレベルじゃない。しかし、15歳の私はこれが恋ってもんだ!と信じておりました。そしてバレンタインに勇気を出して告白しようと決意したのです。その当時、本気度の度合いを計るならチョコは手作りだとばかり思っていましたが、見ず知らずの人から手作りの食べ物を貰うなんて絶対に嫌ですよね。しかし、ストーカーと化した私にそんなことは関係ない!曙くんは、私の手作りチョコを待っている!バレンタイン前日の日記を読み返してみると「トリュフ、固いけど大丈夫。きっと喜んでくれる!あー、ドキドキする!」と書いてありました。何で大丈夫だと思ったんだろう……。作ったトリュフ、歯が欠けそうなほど固い上に、大量のココアパウダーでむせるという爆弾のような仕上がりだったのに。ああ、あの頃のスーパーポジティブバカに戻りたい。そしてバレンタインの朝、いつもより髪の毛を入念にブローして、透明のマスカラなんてしちゃった私はにやにやしながら、いつも曙くんと電車を待つ新宿駅、都営新宿線のホームへ。長いエスカレーターを降り、階段を降り、ホームにあるキヨスクのちょっと手前が私たちの待ち合わせ場所。私の心臓はドキドキと音を立て、紙袋の中では爆弾トリュフがコツコツと石のような音を立てている。あと数段、この階段を降りればひょろりと立つ曙くんの姿が見える。ぴょんぴょんと跳ねるように階段を降りきった私は次の瞬間、想定外の光景にぽかんと口を開けて立ちつくしました。いつもの場所には、同じように曙くん。しかし、その曙くんに私よりも先にチョコを渡している女の子がっ!はにかむ女の子を前に曙くんは戸惑いながらも嬉しそう。その後、二人は同じ電車に乗り込み、結局私はチョコを渡すことができませんでした。学校で私のトリュフを食べた友だちは「繭子、これ歯折れるよ。渡さなくて良かったよ」と元気づけてくれました。バレンタインのほろ苦い思い出。その夜の日記には「曙くん、本当は私のチョコを待ってたんじゃないかな?悪いことしちゃった」と相変わらずのスーパーポジティブバカで、もう日記を燃やしてしまいたい。今年のバレンタインは今のところ何の予定もありませんが、何もないのも寂しいから曙くん2015年バージョンでも探しに朝の新宿駅に行こうかしらん。

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西山繭子さんのINFORMATION

Writer

西山繭子

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』などがある。

 
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