ゆーわくfile.1 着ぐるみ
2015-05-22 16:24:00
街を行くとき、人と話しているとき、ふとした瞬間にわたしたちの前に現れて、気を奪っていく物事というものが世の中にはあふれている。町で見かけたおかしな看板、駅のホームで妙なことをして時間をつぶしているおじさん、友人がストーカーに遭った話、自分の味覚と体調をうたがうくらい衝撃的に不味いラーメン……。突然こちらの目の前に飛びこんでくるそれらに気を取られているうち、時は流れ、目的も見失っていく。
このコーナーではそういった気を惹きつけてやまないちょっとした物事を一方的に“ゆーわくぶつ”と呼び、その魅力(もしくは危険性)について検証していきたいと思う。
記念すべき一回目は、わたしが普段から大注目している「街で働いている着ぐるみ」について取り上げたい。そもそもこれらに気を奪われたのは、わたしが幼少時に地元の遊園地へ行った際、うさぎの巨大な着ぐるみが配っていた風船を受け取った時から始まっている。園内の子供たちに向かって、大きなゼスチャーでかわいらしく愛想を振りまいていたうさぎの着ぐるみだったが、ひとりの職員が近づいてきてうさぎに対し、「安井さんが腹を壊したんやけど、延長できへんか?」と確認を取っている場を目撃してしまったのだ。その少し前から、うさぎの開いた口の奥に並々ならぬ念のようなものを感じていたが、これでわたしたち幼児にも“中のひと”の存在がはっきりと伝わってしまった。わたしは聞いてはいけないものを聞いてしまった後ろめたさと、中にどんな人物が入っているのかという好奇心から、それ以来、街で着ぐるみを見つけると条件反射で近づいていってしまうようになったのだった。
ある時も、もうすぐ結婚するという友人が、「○ッキーと○ニーがね、結婚式の証人になってくれるの〜」と幸せそうに語っているのに対し、「すごいね! でも○ッキーって世界に一匹で、決して同時刻に複数の場所には現れないんだってね? 博多どんたくのパレードに出た次の瞬間にカナダにいるとかさ。徹底的にスケジュール管理されているって。そんな彼のスケジュールを押さえるの、さぞ大変だったろうね! で、幾らだったの?」と食いついてしまい、大変に嫌がられた。ひどいことをしてしまった。とにかく着ぐるみの就労事情に異様な興味を示してしまうのだ。
あんなにファンシーな外見なのに、中には様々な腹づもりを抱えた人間が入っている。そしてほとんどの場合プロ意識がハンパなく高い。中はどうなっているのだろうと、想像すればするほど気になってしかたないが、我々には踏み入ることのできない秘密の領域なのだ。ファンタジーと現実のはざまがユラユラ揺らめいているような気がして、決して目を離すことができない存在だ。
作家。1978年、兵庫県宝塚市に作家・中島らもの長女として生まれる。2009年エッセイ集『かんぼつちゃんのきおく』、2010年初小説『いちにち8ミリの。』でデビュー。他に小説『ルシッド・ドリーム』『放課後にシスター』、エッセイ集『お変わり、もういっぱい!』がある。サックスプレイヤーとしてバンド活動もしている。
久々の新作となる小説『わるいうさぎ』をこの夏、双葉社より刊行予定。
中島さなえさんの公式ブログ
特盛り★さなえ丼!