上京してゲットしたもの、母の場合
2015-12-23 08:51:00
先月、舞台観劇のためわたしの母が兵庫県から上京してきた。ゆっくりするのかと思いきや、日帰りだという。
宝塚市にある実家では、モフモフなものから鱗におおわれたものまで、多種多様なたくさんの動物を飼っている。犬にうさぎにハムスター、シルバーアロワナにすっぽんにリクガメ、ヘビにウーパールーパーに肺魚にタランチュラにサソリにトカゲ、はてはゴキブリまで(ヘビの餌用)。それに大量のサボテンや多肉植物も育てていて、母は毎日、家中のゲージと水槽と鉢の世話で大忙しだ。
「東京に一泊なんてした日には、魚が数匹死んでしまう」と白目をむいて言い放つ母は、そういった理由で日帰りだというわけだ。
“地方から上京してきた母親を東京観光に案内”というのはよくある図だ。普通ならばスカイツリーや東京タワー、銀座で買い物、浅草の雷門などとなるわけだが、うちの場合はちょっと違う。今年64歳の母は、「ポケモンセンターに行きたい」と言い出したのだ。母はかなり前からピカチュウが大好きで、理由を聞いてみると、「アニメの話はなんも興味がなくて、とにかくピカチュウの形が好きだ。昔飼っていたチンチラの小筆ちゃんにとても良く似ている」と言って贔屓にしているのだ。
それからは、商店街の日用品売り場でピカチュウのイラストが入った傘(子供用)を見つければ買い、ポケモンの生地を買ってきて巾着を作り、使いもしないアルミの弁当箱をゲットするなどしていた。
ある時、母が新聞のインタビューに答えたものが掲載されるというので見てみると、肩口にデカデカとしたピカチュウのアップリケを付けたシャツを着用した母の写真が掲載されていた。どうやら「勝負服」ということでインタビュー当日その服を選んだらしい。
それほどピカチュウ愛にあふれた母が心ひかれるゆーわくぶつはポケモンセンターにある!ということで、そこへ案内することになったのだった。
当日はわたしの友人が来てくれて、三人で池袋のサンシャインシティにある「ポケモンセンターメガトーキョー」へと向かった。二階フロアの半分をしめる広い店内は、平日ということもあってすいていた。
「わーい!」と叫び、母は前傾姿勢で店内を物色しはじめた。わたしと友人が「これはどう?」と色々なグッズをすすめるも、「む〜……」と言って黙りこんでしまう。聞くと、ピカチュウにもデザインが数種あり、ポケモンセンターのオリジナル版ピカチュウは顔が丸く、アニメ版と少し違うのだという。
「わしは、顔の長いピカチュウが好きやねん」
と、真剣な表情でつぶやく母。フォルムへのこだわりが半端ない。
それから探すこと一時間。母は、財布にポーチ、クッション、ぬいぐるみ、キーホルダー、判子、メモ用紙、ノートなど2万円相当を爆買いし、新幹線で帰っていった。
そして一週間ほどが経ち、母からメールが届いた。
「昨日は近所の老人会の遠足で、姫路城へ行ってきた!バスでは演歌が流れ、ビンゴカードが配られてミカンをゲット!城の横に動物園があったが団体行動なので行けず、日本庭園を見て、歴史博物館を見て、防災プラザで初めて見る3D映像で津波に襲われた。また防災プラザでは、真っ暗な通路の中をしゃがんで避難する訓練があったが、通路を出た後、その時の我々の様子を映像で見せられた。みなしゃがまず、ニコニコして歩いておった。老人は無理をしないことがよくわかった。集合写真を撮ってもらったので送るね」
添付されていた画像には、姫路城の前で記念撮影をしている老人会の皆さんが写っていた。よく見てみると、満面の笑みで写り込んでいる母のウエストバッグから、なにか黄色いものがぶら下がっている。池袋で嬉々として買っていた、ピカチュウのぬいぐるみだった。
姫路城と老人会とピカチュウ。とってもシュールな一枚だ。
作家。1978年、兵庫県宝塚市に作家・中島らもの長女として生まれる。2009年エッセイ集『かんぼつちゃんのきおく』、2010年初小説『いちにち8ミリの。』でデビュー。他に小説『ルシッド・ドリーム』『放課後にシスター』、エッセイ集『お変わり、もういっぱい!』がある。サックスプレイヤーとしてバンド活動もしている。
研究施設から逃げ出したうさぎをめぐる連作短編集『わるいうさぎ』が双葉社より、「いじめ」をテーマにした短編を収めた競作アンソロジー『「いじめ」をめぐる物語』が朝日新聞出版より発売中。
中島さなえさんの公式ブログ
特盛り★さなえ丼!