閉ざされた世界
2016-08-30 13:04:00
気がつけば夏の終わり。皆さんいかがお過ごしでしょうか。わたしの方はといえばバーベキューにも誘われず、海にも行かず、花火も見られず、かき氷を買えば床に落とし、フローズンヨーグルトを買えば床に落ちる(もっとしっかり持って!)。夏らしいことはほとんどせぬまま終わってしまった。なにしろアウトドア派の友人がめっぽう少ないため、周りのみなはとにかくシン・ゴジラの話で盛り上がっていた。そしてポケモンGOの流行でついに遠出をするのかと思いきや、「家から一歩も出ないので、一匹しか捕まえられなかった」と肩を落とし、アプリをアンインストールするのだった。どれだけ動かないつもりなのだろうか。
この猛暑では、家や職場にいてもエアコン頼みの毎日だった。電車内もレストランもキンキンに冷えていて、からだがおかしくなりそうだ。そんななか、今年の春から通っているわたしの職場にある冷蔵庫が、なんだか妙な様子だった。2ドア式のなんの変哲もない冷蔵庫なのだが、上側の冷凍庫部分が、どんなに引っ張っても開かないのだ。聞けば、ある時から開かなくなってしまい、五年はそのまま放置しているのではないかということだった。
それを聞いた途端、わたしの野次馬根性が大きく鼻を鳴らした。五年も放っておかれていた、開かずの冷凍庫。中にはいったいなにが?これ以上そそられるゆーわくブツがあるだろうか?
「これから夏になりますし、冷凍庫は必要ですよね」
と言ったわたしは、どうしても開けてやる!と心に決めていたのだった。そうして、男でも無理だったという冷凍庫のフタをひっぺがしにかかった。バール代わりの頑丈な鉄の定規を使った末、無理やりこじあけることに成功した。
五年ぶりに顔を見せた冷凍庫の中は、完全なる氷河期であった。氷ですべて埋め尽くされ、まったく中が見えない。この瞬間、開かずの冷凍庫はさらにその魅力を増した。次のミッションは、この氷を完全に溶かすことだった。冷蔵庫の電源を抜いて、下にビニールシートを敷き、タオルをかませて溶けた氷の水分を吸わせた。定期的に、仕事もそっちのけでいそいそとタオルを絞った。
いったい中からなにが出てくるのだろうか?賞味期限切れのあんなものやこんなもの、それとも過去からのメッセージ?それともクリーチャー?食品だったら、試食してみなきゃだなあ。うわあ、正露丸買ってこなきゃだ!
SNSにて実況中継していたため、フォロワーの皆さんも興味津々で見守ってくれていた。とにかく、わたしの心の中は最高潮に盛り上がっていた。
丸二日をかけて、ようやく氷がすべて溶け、全貌が明らかになった。
期待して裏切られた時のダメージ、ハンパない……。
わたしはフォロワーの皆さんにご報告し、ありがとうございましたと言ってそっと冷凍庫を閉じた。あとは部屋内に、むなしい稼働音だけがかすかに響いていた。その時から、わたしの夏はすでに終わっていたのだった。
冷凍庫を開けてしまったことによって、わたしの仕事が増えてしまった。温度設定関係が壊れているのか、放っておくとどんどん氷がたまっていくので、週に二回、冷凍庫内の霜取りをしている。シャー、シャー、シャー……。職人がカンナで木材を削るように、冷凍庫内をかいていく。
今では、冷凍庫内の氷を角から天井まで、短い時間でとっても上手にかくことができるようになった。ひんやりと冷たい、この夏の数少ない思い出のひとつだ。
作家。1978年、兵庫県宝塚市に作家・中島らもの長女として生まれる。2009年エッセイ集『かんぼつちゃんのきおく』、2010年初小説『いちにち8ミリの。』でデビュー。他に小説『ルシッド・ドリーム』『放課後にシスター』、エッセイ集『お変わり、もういっぱい!』がある。サックスプレイヤーとしてバンド活動もしている。
研究施設から逃げ出したうさぎをめぐる連作短編集『わるいうさぎ』が双葉社より、「いじめ」をテーマにした短編を収めた競作アンソロジー『「いじめ」をめぐる物語』が朝日新聞出版より発売中。
『季刊25時 vol9.やっぱり中島らもが好き!』(経堂福島出版社)に、インタビュー掲載。
小石原はるか著『自分史上最多ごはん』(マガジンハウス)におすすめ一品の記事が掲載。
中島さなえさんの公式ブログ
特盛り★さなえ丼!