あふれる家
2020-06-12 12:40:00
久々の新刊が先月発売された。「あふれる家」というタイトルで、わたしが幼い頃に過ごした家をモチーフにした小説だ。
兵庫県の住宅街にある家に、両親と兄とわたしの四人暮らし。最初はちょこちょこと、父と母の友人が遊びにきていた。しかし段々、友人がまた友人が呼び、そのまた友人が友人を呼び、という風にどんどん膨れ上がって、ついには一ヶ月に延べ100人もの人々が寝泊まりしていたのだった。モヒカン頭のパンクミュージシャンにバックパッカーの外国人、医者に役者に大学教授に見知らぬカップルなど、毎晩のようにロックミュージックを流しながら夜通しの宴、朝になると家の床に大人たちがゴロゴロ転がっていて、どれが親でどれが遊びに来た人なのかもわからないというありさまだった。酒はあるは、流行りの音楽や映画は楽しめるは、寝室のベッドは使い放題だはという状況で、ファンキーな人々が夜ごとやってくるので、巷では「ヘルハウス」と呼ばれていたらしい。くわえて犬猫ウサギネズミ魚などの動物もうじゃうじゃいて、部屋の中は大変な密集状態になっていた。今の時代だったら絶叫物の絵だったろうと思う。「あの家に行けばただで寝泊まりできて酒もあるらしい」という噂が広まり、さらに人がやってくる、まさに「四方八方ゆーわくぶつ」を絵に描いたような家だったというわけだ。
わたしの幼児期から小学校までそういった状態で、父のエッセイや小説を読んでヘルハウス時代の様子を知っていた方々からよく、「すごい環境で生活していたみたいだけど、大丈夫やったん?よくグレへんかったね」みたいなことを聞かれるが、それが当たり前だと思って暮らしていたのでグレるもなにもなかった。大人たちに混じってホラー映画を観たり、モヒカン頭のパンク兄ちゃんと一緒にスーパーへ買い物に行ったり(帰りにそのパンク兄ちゃんが精神的なパニックを起こしてしまい立ち往生してしまうことになったが)。一応子供らしく、ファンタジーなアニメなども好きでビデオに録画したりはするものの、途中からきっついエログロのB級映画などが録画されていて、急に画面が変わって引っくり返る、なんていうこともしょっちゅうだった。
宿題をしなさいとか、早く寝なさいとか、これはしたらだめだと言われることはめったになく、わたしにとって家の中は、とても自由な時間、自由な場所だった。父はわたしにとって神出鬼没な存在で家に帰ってこないことも多かったし、母も自由な人でバイクに乗って豆腐を買いに行ったはいいが気が乗ってしまい、そのまま山を走りに行ってしまいなかなか帰ってこなかったこともある。自由気ままに過ごす大人たちの中で、のんびりと育ったと思っている。そして毎日入れ代わり立ち代わりやってきては宴を楽しむ大人たちの、なんと彩りゆたかなことか。
そんな子供時代の光景を思い出しながらこの「あふれる家」という小説を書いた。父親は放浪中、母は入院中、家の中にはワケありの変わった居候の人々しかいない。そういった中でひと夏を過ごす事になった小学四年生の女の子の物語を、この夏ぜひ体験していただけたら嬉しい。
2020.6.8 配信
作家。1978年、兵庫県宝塚市に作家・中島らもの長女として生まれる。2009年エッセイ集『かんぼつちゃんのきおく』、2010年初小説『いちにち8ミリの。』でデビュー。他に小説『ルシッド・ドリーム』『放課後にシスター』、『わるいうさぎ』、エッセイ集『お変わり、もういっぱい!』がある。サックスプレイヤーとしてバンド活動もしている。
2020年5月、小説『あふれる家』が朝日新聞出版より発売中。
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