ピサロ│西山繭子の「女子力って何ですか?」

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西山繭子の「女子力って何ですか?」

#171

ピサロ

2021-05-24 11:08:00

 新規感染者数も医療体制を逼迫する重症者数もなかなか減少しないこの無意味な緊急事態宣言がさらに延長されそうな気配。そしてその状況下でもオリンピックはやるという狂気の世界。もう我々国民はいったいどうすれば良いのでしょうか。仕事帰りに夜の街を通り過ぎれば、自粛要請に反して酒類の提供をしている店は満席の大盛況。かたやルールをしっかり守っている店は軒並みつぶれていくという始末。生活が窮地に追いやられるのは言わずもがな、人々の心の分断を加速しているようで恐ろしいです。電車の中で大声で騒いでいる人たちがいると、露骨に睨みつけてから車両を移動する自分がいます。路上で飲んでいる人たちを蔑むような目で見て、心のどこかで「コロナにかかっちまえ」と思っている自分がいます。我慢すればするほど、我慢をしていない人が許せなくなります。放っておけばいいさ。人は人なのだから。そう何度自分に言い聞かせても、半年近く続いている一人ぼっちの家での食事は、私の心をとげとげしくします。このままだと鬼になってしまう。鬼滅の刃になってしまう。緑と黒の市松模様のパジャマとか買ってしまう。そうならないために、何とか心の平穏を保たなくてはいけません。それに大切なのはやはり文化でありましょう。映画館、美術館、博物館への不可解な休業要請は続いていますが、劇場は開けられることになりました。ということで先日、久しぶりの舞台鑑賞に行ってきました。渡辺謙さん主演の『ピサロ』。これは昨年、新生・PARCO劇場のオープニングシリーズとして上演されたもののコロナ禍により余儀なく中止になってしまったもので、今回は満を持してのリベンジ公演となりました。もともと行く予定はなかったのですが、友人がすごく楽しみにしていると聞いているうちに「私も見たい!」となり足を運ぶことに。この状況下だからでありましょう。公演間際でも良席をとることができました。それにしても舞台を観るのは本当に久しぶり。最後に観たのは何だっただろうかとチケットの半券コレクションを見たところ、2019年4月に新国立劇場で上演された美輪明宏さんの『毛皮のマリー』でした。おお、約2年ぶり。コロナ禍ということもありますが、昔は月に数本観に行くほど舞台鑑賞は私の生活の一部でありました。それをぱたりと止めたのは2011年。俳優座劇場でやった『道』という作品がきっかけでした。舞台で演じることに対しての己の力量の無さも感じましたし、本番まで懸命に稽古を頑張ってきても、日替わりゲストで来たEXILEのTETSUYAさんが「青ザイル!赤ザイル!エグザイル!ぜってぇ負けねぇ!」とEXILEゲームをやった方が会場が盛り上がるという事実を目の当たりにした時に「あ、もういいや」と思いました。ちなみに誤解のないように言いますが、TETSUYAさんが悪いわけではありません。彼は好青年でありましたよ。それまでに私が立った舞台は所属事務所フラームのプロフィールによると6本。劇団キャラメルボックスでは主演の上川隆也さんを相手にヒロインをつとめさせていただきました。PARCO劇場では朗読劇の金字塔『ラブ・レターズ』をやらせていただきました。そして初舞台は長野博さんが座長をつとめた『フォーティンブラス』。私は村上信五さんと恋人役でありました。振り返ってみても恵まれていたなと思います。しかし実はこれ以前、デビュー前に私は舞台に立っているのです。それを観たという人を私は家族以外に知りません。その幻の舞台とは1997年夏に東京芸術劇場で上演された『やじきた珍道中~未来への旅』。タイトルからしてワクワクが止まりません。カタルシス?そんなものはありません。タイムスリップした弥次さん喜多さんが、潰れかけた芝居小屋で漫才をしたらまさかの大ウケ大盛況。おかげで芝居小屋も持ち直し、みんながハッピー愉快痛快物語。私は芝居小屋のオーナーの娘という役柄でありました。この舞台に立つきっかけは、その当時私が芝居を教えてもらっていた富田浩太郎先生からの「僕の知り合いがやっている劇団が今度舞台をやるから勉強のために出てみたら?」というお誘いでした。舞台で芝居をするなんぞ小学校の学芸会以来のことで、右も左もわからぬ私は随分としごかれました。その時は「舞台なんて二度とやりたくない」だったのですが、気持ちが変わったのは同じ夏にシアター・コクーンで観たNODA・MAPの『キル』でした。こんな世界があるのか!と衝撃を受けたことを憶えています。それから24年が経ちました。私は『ピサロ』で再び舞台の素晴らしさにふれました。役者たちから放たれる圧倒的な熱量を前に、形はどうあれ自分も表現をし続けたいと強く思いました。足踏みしてばかりではいられません。写真は半券コレクションです。

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2021.5.24 配信

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西山繭子さんのINFORMATION

Writer

西山繭子

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website