私をつくったもの│西山繭子の「女子力って何ですか?」

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西山繭子の「女子力って何ですか?」

#174

私をつくったもの

2021-07-12 16:10:00

 4度目の緊急事態宣言となりました。もはや緊急事態宣言下であることが日常になってしまった今、私たちの危機感は完全に薄れ、不満ばかりが渦巻いています。外に出るな。人と会うな。酒を飲むな。でもオリンピックはやります!もうサンドウィッチマン富澤さんの言葉を借りれば「ちょっと何言ってるかわからない」なのであります。そもそもコロナ禍になる前から東京での開催には反対でしたし、「男子サッカーの決勝のチケットあるけど行く?」と誘われても「夜遅いし遠いから行かない」と断るほど今回のオリンピックに興味がない私。聖火リレーで渋谷区を走るのは東幹久であって欲しいとか、そんなことは考えましたが結局それも中止。そして試合は無観客。ただしリッチでセレブな関係者は観られるよ。まったくもって誰のための、何のためのオリンピックなのでしょうか。清風コンビに胸をときめかせたソウルオリンピックが懐かしいなあ。塾の国語の先生がたくさん新聞の切り抜きをくれたんだよなあ。当時10歳だった私も43歳に。政府に対してこんなにイライラするのは更年期障害の予兆だろうかなどと考える年齢になりました。春にはメニエール病を発症し、健康に気をつけているとはいえ体の不具合が出てくるのは致し方無いところ。これはきちんと調べてもらう必要あり。ということで先日、健康診断に行ってまいりました。この日の私は4011番さん。そこには顔も名前も経歴も存在しません。あるのは番号のみ。ただただ4011番さん。状況はまったく違うのですが、待合室で番号を呼ばれるのを待っている時に、以前訪れたアウシュビッツ強制収容所のことを考えました。全てを奪われ、腕に番号を刻まれた何百万人のユダヤ人たち。このコロナ禍でアウシュビッツも資金難に陥っているというニュースを知って、ホームページから寄付をしようとしたのですが日本のクレジットカードは使えないとのことでした。システムのややこしさに阻まれて善意が届けられないのはよくあることですが、頭のいい人や偉い人たちには是非こういったことを改善してもらいたいですね。待合室には20代から50代ぐらいまでの女性がずらり。同じ健診服を着てはいますが、痩せている人もいれば太っている人もいて、しっかりお化粧している人もいれば、私のように眉毛すら描いていない人もいて様々です。面白いなあと思ったのは、番号を呼ばれたそのわずかな瞬間にも人となりが出ること。「はい!」と即座に返事をして応える人、何度か呼ばれてやっと立ち上がる人、無言でスマホをいじりながら診察室に入る人。こういう人となりをつくるものって何だろう?と最近よく考えます。少し前に朝の駅でこんなことがありました。その日は朝から酷い雨で、見た目よりも快適さ優先の私はレインパンツをはいて家を出たほどでした。ホームのベンチで電車を待っていると、骨が飛び出し無残に開いたままのビニール傘に悪戦苦闘している男性がいました。その方は見た目にわかるほどの身体的な障害を抱えており、困っているのは明らかでした。私は、しばしその様子を眺めていました。そしてちょっと考えてから男性に声をかけました。「何かお手伝いしましょうか?」男性は少し驚いた様子を見せながらも「傘が閉じなくなってしまって」と言いました。私がバキバキになった傘を何とかまとめて渡すと、男性は「申し訳ないです。ありがとうございます」と言って不自由な身体を僅かに折り曲げました。私は「いえいえ。直って良かったです」と再びベンチに戻りました。これは決して、こんなことして私って偉いだろー、えっへん。という話ではなく、私をこういう人間にしたのって何なのだろう?と不思議に思ったのです。あの時、ホームには私以外にも人がいて、男性に気づいたのは私だけではなかったはず。その中には助けたいと思った人もいたでしょう。それでも声をかけたのは私でした。でも、声をかける前に男性をしばし眺めていたのは、そしてちょっと考えたのは、勇気を出す時間を要したから。私に溢れるほどの勇気があったら、もっと早く男性に声をかけられたはずなのです。そして電車に乗ってから、さっきの様子をイケメン億万長者がたまたま見ていて求婚されたりしないだろうかと考えるあたり、やっぱり私って奴はどうしようもないなとも思うのです。そのどうしようもない人間にもワクチン接種券が届き、あとは予約を待つばかり。早くワクチンパスポートを手に入れて再び海を渡ることを夢見る日々ですが、その前に健康診断の結果が良好であることを願ってやみません。写真は緊急事態宣言下に入る前日に、酒場で見せてもらったロマネコンティです。「緊急事態宣言があけたらあけちゃいます?」「いいえ、あけません」あけない夜はありませんが、あけられないワインは山ほどあるのです。

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2021.7.12 配信

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西山繭子さんのINFORMATION

Writer

西山繭子

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website