https: ご本人さま│西山繭子の「女子力って何ですか?」

全く新しい大人のwebマガジン

西山繭子の「女子力って何ですか?」

#204

ご本人さま

2022-10-10 12:01:00

 先日、印鑑登録証明書をコンビニのコピー機に忘れたまま1週間を過ごしました。慌てて取りに行くと、1週間経っているにも関わらずきちんと保管していてくれました。私が「わー、良かった。ありがとうございます」と笑顔で言うと、店員のテイくんが「ダイジナモノデショ。ヨカッタ」と頷きました。コンビニで働いている外国人の店員さんって、みんな本当にすごいなと思うのです。あれほど多岐にわたる仕事を異国の地でやっているのですから。「このクオカードで支払って、足りない分をパスモで払います」といった私のややこしい要望をいとも簡単にこなしている彼らには、感謝と尊敬しかありません。そしてテイくんにいたっては、おっちょこちょいのおばさんに優しさまでみせてくれるのですから。ああ、助け合いと優しさが溢れる美しき世界よ。そんな良い気分で、さわやかな秋晴れの帰り道をてくてく歩いていたのですが、そのうち「テイくんが悪用して婚姻届けを出していたらどうしよう」「あのコンビニのオーナーの連帯保証人になっていたらどうしよう」などと考え始めました。これまで人を疑うことなく生きてきた純粋無垢な私が、そんな酷いことを考えるなんて、よっぽど心が疲弊しているのだわ。ということで、その日は8時就寝。疲れている時は寝るに限ります。
 ここ最近、この印鑑登録証明書のような公的書類を手に様々な手続きをしています。夏から父の事務所の仕事を手伝い始めたことは以前にも書きましたが、これがなかなか手強い。最初のうちは、銀座のクラブから送られてくる請求書に目を丸くしていましたが、慣れとは怖いもので、今では感情を「無」にして振込をすることが出来るようになりました。厄介なのは、ここ数ヵ月であれよあれよと出てきた使っていないクレジットカートや銀行口座たち。これらの解約手続きは、基本的に本人でなくてはできません。電話で問い合わせても「ご本人様でないと」という言葉が繰り返されるばかり。「あのですね、本人では手続きが難しいので娘の私がやりたいんです」「ご本人様でないと」「ええ。本人にやらせたいのはやまやまなのですが、絶対に無理なんですよ」「ご本人様でないと」「本人が窓口に行くと、そちらが大変な思いをされると思うんですよ」「ご本人様でないと」だめだ、こりゃ。最終的に「死んでから手続きをするのと今ではどちらが楽ですか?」という私の問いに「今」という答えが返ってきたので、父にスケジュールを空けてもらい二人で『ニシヤマ・秋の解約祭り』をすることにしました。それにしても、ここ数年よく耳にするペーパーレスも脱ハンコも、どこの夢物語ですか?というぐらい、日本はガッチガチの実印社会です。どこの企業もやたらめったら「オンラインで」と言うくせに、結局のところ重要なことはオンラインでなんてできないのです。まずは出張所に行って住民票をもらい、その足で警察署に行って運転経歴証明書の住所変更です。用件を書く申請書に「面会」という欄があり、思わず「へー!ここって牢屋もあるんですね!」と素っ頓狂な声をあげて「いいから、早く書きなさい」と父親に窘められる娘44歳。交通課でピーポくんに見守られながら無事に住所変更完了であります。もうこれさえ手に入れれば、本人確認証はばっちりよ!ということで、いざ銀行へ。どこの銀行も窓口での手続きはオンライン(ここでも!)による事前予約を推奨していますが、予約状況を見るとミシュラン3つ星かと見紛うほどの埋まりよう。これでは多少の待ち時間を覚悟してでも、ほとんどの人が予約なしで窓口に行きますわな。「では、私が手続きをしてきますので、父はここで原稿を書いていて下さい」「はい」私が窓口で話をしている間、父は空いている机でせっせと原稿を書きます。なんだか子どもに宿題をやらせている母親みたいだわ。そして書類の記入などを終え「ご本人様は?」となったら父を呼びに行き、ご本人登場タイム。これをひたすら繰り返していきます。「ご本人様でないと」と言いながら、その対応を見ていると、そっくりさんでも問題ないと思いました。伊集院静のそっくりさん求ム。
 朝早くから効率的に動いたおかげで、昼過ぎにはこの日予定していた手続きをすべて終えることができました。それにしても今回身に染みてわかったのは、契約するのは簡単なのに、解約には本当に手間がかかるということ。私はもう死ぬまで何も契約しない。そこまで思いました。写真は、疲れた私を癒してくれる我が家の住人たちです。ピーポくん欲しいなあ。

image2

2022.10.10 配信

最近のコラム

西山繭子さんのINFORMATION

Writer

西山繭子

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website