https: ぎっくり腰│西山繭子の「女子力って何ですか?」

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西山繭子の「女子力って何ですか?」

#220

ぎっくり腰

2023-06-09 11:35:00

 まさにタイトル通りです。何のひねりもありません。人生初のぎっくり腰になりました。正直に申しますと、私はこれまで、ぎっくり腰になった人のことを心の中で笑っていました。「ぎっくり腰ですか!?大変ですね!お大事に!」と言いながらも、心の中では「ぎっくり腰かよ!ぷぷぷ!」と笑っていたのです。ああ、そのバチが当たったのでしょうか。その日は、起きた時から少し腰が痛いなあと思ってはいたのですが、よくあることなので特に気にせず、いつも通り会社に出勤。ところが仕事をしているうちにその痛みはどんどん激しくなっていき、あっという間に歩くことさえままならないという状況に。ぎっくり腰というと、重たい物を持った瞬間にグキッ!朝起きて立ち上がった瞬間にグキッ!というイメージがあったので、果たしてこれがぎっくり腰なのかわからなかったのですが、身体が緊急事態であることは間違いありません。それでも、その日の分の仕事を終わらせなくては、のちのち自分の首をしめるだけなので、脂汗をかきながら痛みに耐えて必死に頑張りました。「すごく腰が痛くて」と同僚たちに伝えても、病欠皆無なスーパー健康体の私なので「へえー、大丈夫ですか?」とあまり深刻にとられていない様子。しょっちゅう「体調が悪いので休みます」と当日欠勤する迷惑な人の方が心配されるという社会の理不尽さよ。そうこうして、何とか全てを終わらせ、定時よりも1時間ほど早く帰らせてもらえることに。この時点で痛みはさらに酷くなり、歩き方は「そろり、そろり」な狂言師です。歩けるぶんマシだったのかもしれませんが、私にとっては人生イチの激痛。翌日は朝から撮影が入っていたので、藁にもすがる思いで整骨院へ行くことにしました。とはいえ土曜日の夕方ということで、選択肢は限られます。口コミに「ギックリ腰の時にお世話になりました」とあった近所の整骨院を予約しました。担当してくださった先生は、中年の私から見たところ『金髪のイケイケなお兄ちゃん』。私の前の患者さんを見送る際に「そのアプリ、マジでガチはまりっすよ!」と話していたので、おばさんは不安しかありません。「よろしくお願いします」瀕死の状態で施術台に横になる私。ぎっくり腰は炎症なので、今日何かをして急激に良くなるといったことはない。安静にするのが一番。といった説明を受け、絶望的になっていると「この3日間、基本的に痛みは右肩上がりです」と追い打ちをかけられました。「ただ、そうなるかどうかは整体師の腕次第って感じです」「じゃあ、先生にかかっていますから、どうぞよろしくお願いしますね」「はい、愛情こめて頑張ります」ん?愛情?初対面なのに?痛みに襲われながらも、奇妙な言葉にひっかかってしまうのは職業病でしょうか。「ぎっくり腰は、運動不足、睡眠、食生活の乱れが大きな原因なんですよ」21時就寝4時起床。毎朝ストレッチに筋トレとウォーキング。朝ごはんにはぬか漬け、納豆、キムチといった発酵食品を並べ、たんぱく質をとるために朝から魚だって焼きます。昼もカロリーの高いものは避け、夜の食事は19時を過ぎてしまったらプロテインのみ。夜の外食は月に2、3回しかしません。この私に、これ以上何をしろと言うのでしょう。日々の努力がすべて無駄だということに泣きたくなります。「疲労とストレスが蓄積して腰で爆発したんでしょうね」確かに先月末からドラマの撮影が始まり、てんてこまいな毎日。女優、作家、会社員、経理。自分では何とかやれていると思っていたけれど、身体はついてきていなかったのだなあ。そして30分ほど施術をしてもらい心なし痛みが軽減。金髪でイケイケだからって、人を見た目で判断してはいけませんね。しかしお会計の時に「次回からこういったプランがあって、今日入会するとこの値段で通えるんですよ。要はサブスクみたいな感じですかね」と料金表を見せられ前言撤回。整骨院でサブスクって何だよ。今日入会したらって英会話スクールかよ。サブスクは貧乏のもと、と思っている私は、施術のお礼を言って整骨院をあとにしました。
 翌朝、痛みは右肩上がりということはなかったけれど、すべての動作が困難極まりない。それでも歩く、立つ、座ることは出来るので、予定通り撮影へ向かいました。衣装さんに靴下を履かせてもらったり、ズボンをあげてもらったりと、ほぼほぼ介護な西山さん。スタッフはじめ共演者のみなさんの優しさが身にしみます。監督に「私も2回やったことがあるのでそのツラさ、よくわかります」と言われ、ああ、私に足りなかったことはこれだと思いました。ビフォーぎっくりとアフターぎっくりで、人は生まれ変わります。思いやりを持てるようになるのです。思いやりを持てた今、ぎっくり腰に感謝とさえ思います。もう二度とごめんではありますが。

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2023.6.12 配信

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西山繭子さんのINFORMATION

Writer

西山繭子

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website