https: 感謝状│西山繭子の「女子力って何ですか?」

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西山繭子の「女子力って何ですか?」

#227

感謝状

2023-09-22 20:50:00

 まだまだ暑さが続く8月の終わり、いつものように朝のウォーキングをしていた時のことです。もう太陽が顔を出した6時近く、すでに40分ほど歩いた私は汗だくでした。さあ、家に帰ってシャワーを浴びて、朝ごはんを作って、と考えていると、少し先にある工事現場の敷地内に人影が見えました。「ん?」と思い、目を凝らしてみると、土が盛られたところに、おばあさんがちょこんと座っています。瞬時に「あ、これはまずい」、そう思ったのは、おばあさんが上半身に何も身につけていなかったからです。非日常の光景を目にすると、人の心臓とはこんなにも音を立てるのかと思いました。何とかしなくてはと考えながらも、私はウォーキングの際は手ぶらのため、一旦家へと猛ダッシュ。そして大慌てで携帯電話、お財布、シャツ、バスタオル、そしてペットボトルのお茶を持ち、再び家を飛び出したのです。その間、時間にして3分ほどだったと思います。駆けつけると、おばあさんは、先ほどと変わらぬ様子でぽつんと座っていました。工事現場内ですから関係者以外は立ち入り禁止でありましょう。それでも、そんなことを気にしていられる状況ではありません。私は中に入り、おばあさんに声をかけました。「おはようございます。大丈夫ですか?」おばあさんはきょとんとした様子で私を見て「うん、大丈夫」と頷きました。シャツを着させるのは少し大変そうだったので「ちょっと暑いかもしれないですけど」とひとまず肩からバスタオルをかけました。「お家、この辺ですか?」「いや、駅の向こう」足元を見ると、おばあさんは裸足。その横には濡れた靴が置いてありました。真夜中、雨音にうっすらと目を覚ました記憶がよみがえります。「どこか怪我したりしていませんか?」「ないよ」「そうですか、良かった」そして私は人生で初めて110番をしました。電話の向こうの人は、こちらを落ち着かせるためなのか、とても穏やかなゆっくりとした口調でした。状況と場所を説明し、警察官が来るのをしばし待ちます。待っている間に、おばあさんは6人兄弟で、特に妹と仲良しだという話なんかを聞かせてくれました。日差しはじりじりと強くなっていきます。おばあさんは、私がお茶を差し出すと「ありがとう」と小さく笑いました。そして10分ほどが経ち、ようやく警察官が来たのですが、心の中で「おせーよ。しかも自転車かよ」と思わず舌打ち。おばあさんをこの炎天下のなか歩かせるつもりなのでしょうか。私たちのもとにやって来たのは若手巡査、田中(仮名)。見るからに面倒くさそうな田中は、おばあちゃんに「名前言える?」と何ともぞんざいな物言い。朝から大変なのはわかるけどさあ、もう少し思いやりを持って欲しいなと思いました。すると今度は田中から私への質問。「お名前と連絡先を教えていただけますか?」免許証を出して、それを田中がメモします。「名前、なんて読むんですか?」「ニシヤママユコです」まあ、繭子って難しいもんね。「年齢は?」「45歳です」免許証の生年月日の記載は昭和だから、平成生まれであろう田中には計算しづらいわよね。「ご職業は?」ここで一瞬、迷ってしまう私。もし「女優です」と答えた場合、田中が無線を取り出し「通報者、挙動不審のため至急応援願います」となりかねません。私は、静かな声で「会社員です」と答えました。そして、私への聴取を終えた田中は「では、あとはこちらが引き受けますので大丈夫です」と言いました。「私、シャツも持って来たので、おばあちゃんに着させますか?」「こっちで用意したんで大丈夫です」と田中が出したのは冬用のジャンバー。田中!お前はこの炎天下におばあちゃんを殺す気か!「あとは大丈夫なんで、バスタオルも持って帰って下さい」その言葉に、私はむっとして「私が着せますよ。女性なんだから」と言いました。さすがの田中も「あ…、そうですね。お願いします」と反省モード。「おばあちゃん、ちょっと暑いかもしれないけど、こっちを着てもらって良いですか?」そう声をかけ、着替えを手伝いました。細い腕、皴の入った手。2人でいる時に妹の話をしてくれたおばあさんは、とても楽しそうでした。これまで歩んできた人生があって、そして今がある。おばあさんの身体に触れながら、何だか切なくなってしまいました。それでも何はともあれ、無事に保護できて良かった。しかし私の場合、これだけでは終わりません。その日の午後、ネットで調べたのは「おばあさん 保護 感謝状」「感謝状 もらえる 条件」「感謝状 連絡 いつ頃」「感謝状 45歳 独身」もう頭の中は感謝状でいっぱい!本当に我ながらどうしようもないなと思います。もちろん、感謝状が欲しくてとった行動ではありませんが、まだまだちっぽけな私、あの日以来、何の音沙汰もないのは、きっと田中がきちんと日報を書いていないからだと疑っています。くっそー、田中!許さん!写真は賞とは無縁の私がもらった数少ない賞状です。

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2023.9.25配信

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西山繭子さんのINFORMATION

Writer

西山繭子

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website