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ヘイニーズ
2026-09-27 20:19:00
私の家は、大雨になると築年数のせいか決まって換気扇から雨漏りします。その日も最初は雑巾を置いて雨水を吸わせていたのですが、1日中家にいて暇だったので、昔の漫画でよく見かけた雰囲気を味わってみようとシーチキンの空き缶を置いてみました。水が落ちるたびにスチール缶が奏でる「カンッ、カンッ」という軽い音が非常に虚しく、すこぶる貧乏な感じがして狙い通りです。しかしながら、缶が浅く周囲に水が飛び跳ねてしまうため、次は茶碗に変えてみました。欠けた茶碗ならばなおよろしいのですが、さすがに持ち合わせていないため愛用している美濃焼の茶碗を置きました。「てぃん、てぃん」澄んだ音色が小さな部屋に響きます。貧乏が生み出す刹那的な美しさ。お、これはいいね。規則的で心地良い音を耳にしながら金原瑞人著『日本文学の翻訳者たち』を読む雨の夜。悪くない48歳独身の休日です。この日は朝からデジタルデトックスもしていました。時間を決めて1日3回だけメールをチェックし、あとは電源をオフにして天袋の奥へ。ここ最近スマホを見過ぎていた自覚があったもので。何を見ていたかといえば、アルゴリズムによってひたすら流れてくる韓国情報。コスメにグルメ。そしてヘインにスヒョンです。コスメとグルメは興味があるので自分でも納得なのですが、ヘインとスヒョンに関しては半ば強制されている感じがします。何からの強制か。彼らをこよなく愛する姉であります。
姉が突如として韓国ドラマにはまり始めたことは知っていましたが、三男児を育てながらCAとして空を飛び回る忙しい姉に楽しみができて何より、ぐらいに妹は思っていました。しかし、それが少し前に「チョン・ヘインのファンミ、まーたんの分もチケット取っておいたから」と連絡があり困惑。「ごめん、どなたかしら?」「チョン・ヘイン!国民の年下彼氏だよ!」調べてみたところ、私が観たことのある作品では『ソウルの春』と『ベテラン2』に出演していました。しかしながら、どちらもファン・ジョンミンに夢中であまり記憶にありません。「チケットいくらするの?」「ファンクラブ先行で16,500円。大丈夫。おごってあげるから」いや、その金額だったら寿司か焼肉おごってくれよ。しかし猪突猛進の姉にそんなことを言っても通じません。ですので、せっかく行くのであればとABEMAで『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』を観ることにしました。確かにヘイン氏が国民の年下彼氏の異名をとる所以はよくわかりましたが、それ以上にソン・イェジンが可愛いなという印象でした。それにしても韓国ドラマって財閥だったり交通事故にあったり記憶喪失になったりするだけじゃないのですね。そうしてファンにならぬまま迎えたファンミーティング当日。姉は昼公演も参加のために会場で待ち合わせをしました。近くにあるフードコートはヘイン氏のファン、通称ヘイニーズでいっぱいです。みんなとっても幸せそう。私の目の前に座っていた女性も頬を上気させてヘイン氏のことを友人と語っています。ふと見ると、けっこう目立つ箇所の歯が抜けていたため、娘コゼットの医療費のために歯を売った『レ・ミゼラブル』のアン・ハサウェイを彷彿とさせました。隣の席の女性たちは腕にリストバンドをしています。それをしているのはヘイン氏とのハイタッチに当選した人たちとのこと。ハズれた姉が「いいなあ。でもさ、ここが治安の悪い国だったら、腕ごと切り落とされてるよ。日本で良かったね」とつぶやきました。ヘイン氏とのハイタッチってそこまでなんですか。そうこうしているうちに開場です。ここでまず驚いたのはロビーに飾られたスタンド花。様々な装飾をほどこした色とりどりの花がずらりと並んでいます。これらはすべてファンからのもので、なかには寄付用の米50kgが置いてあるスタンドもありました。ヘイン氏に喜んでもらいつつ、社会貢献もしますという趣旨なのでしょう。ファンを善道にまで導くチョン・ヘイン、恐るべし。ファンミーティングは2時間半ほどあったのですが、彼が舞台上で何か言ったり、クスっと笑ったりするたびに、全マダムたちがため息まじりに「かわいい~」とつぶやくんですよね。私からすると、スーツ姿で登場して歌うヘイン氏は、まるで歓迎会で上司に「1曲歌えよ」と言われて、「いやー」と照れながらも仕方なく歌い始めたら、めちゃめちゃ上手くてその容姿もあって、部署の女性社員を全員虜にしてしまう新入社員にしか見えなかったのですが、それでもドラマ撮影時の話などは憚りながらも同じ世界にいる者として共感することがたくさんあり、また反復横跳びをしている姿もすんごく可愛くて、舞台下に降りて近くに来てくれた時はとてもドキドキして、最後にお別れをする時はちょっと寂しくなっちゃって、ってあれ?私、完全にヘイニーズになっている?ああ、チョン・ヘイン恐るべし!
2026.9.27 配信
日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。
オフィシャルサイト→FLaMme official website