会話の難しさ│西山繭子の「女子力って何ですか?」

西山繭子の「女子力って何ですか?」

Writer

西山繭子

#278

会話の難しさ

2025-11-09 20:57:00

 ギックリ腰は一度やってしまうと癖になると言いますが、ご多分に漏れず私も何度か繰り返しています。ただ最近は予兆を捉えることができるようになりまして、大事に至らないうちに鍼灸院に駆け込んでは事なきを得ています。つい先日も、腰に抱えた爆弾がいつ爆発してもおかしくない状態だったので、仕事終わりで鍼コースを予約しました。腰痛の治療で鍼を刺すのは腰のみならず臀部までと相場が決まっております。向かう電車の中で「そういえば今日履いているのは、巣鴨級の赤パン(おへそまですっぽり包む綿の真っ赤なパンツ)だなあ。ちょっと恥ずかしいなあ」などと頬をパンツと同じ色に染めつつ、時間通りに到着。「西山さん、こんばんは!」この日の担当は爽やかな青年でした。やっだー。赤パンがさらに恥ずかしい。まあ、向こうはおばちゃんのパンツなんてどうでも良いだろうけどさ。いそいそと準備をして施術スタートです。私はマッサージや美容院などで、お喋りをするのがあまり好きではありません。会話というのは気も頭も遣いますから、そうなると己の心地良さに集中できないんですよね。もちろん大人なので、話しかけられればそれなりに答えますが、そこから会話を膨らませるようことはいたしません。だいたいの人はそれで悟ってくれますが、以前、美容院でどんなに私が話したくないオーラを出していても「ちょっと聞いてくださいよお」と自分の話をしてくる見習いの若い女の子がいました。断り下手の私は「うんうん、そうなんだ。大変だね」と話しを合わせましたが、ひどく疲れるので、その美容院に行くのをやめてしまいました。そんな無慈悲なと思われそうですが、もう人生も折り返しを過ぎていますから、わざわざイヤな思いをしたくないんですよね。ということで鍼治療でも施術中はだんまり。しかし、この日は隣の部屋にとてもお喋りなお嬢さんがおりまして、私はひたすら彼女の話を聞くことになったのです。「あたし、めちゃめちゃ『孤独のグルメ』が大好きでえ。お休みの日とか一気見したりしてるんですよお。」「そうなんですね。じゃあ映画も観に行かれたんですか?」「え?映画なんてやってたんですかあ?」うつぶせで腰に鍼を打たれている私は、大好きなのに映画化知らないんかい!と心のなかでツッコミました。こういうことがあるので、私は普段から迂闊に「好き」と言わないようにしています。デビューしたばかりの頃、マネージャーと共にキャスティング会社に顔見せに行きました。そこで会った偉いおじさんに「好きな女優さんはいるの?」と訊かれ、その時に私が桃井かおりさんの名前を挙げると、偉いおじさんは桃井さんが若い頃にバレエ留学をしていた話をしました。私が「そうなんですか」と驚くと、偉いおじさんは「好きなのに知らないの?」と言って小馬鹿にしたように笑いました。それ以来「好き」や「得意」は、会話において言わない方が賢明だと思っています。「ファン」というのも危ういですね。どちらがよりファンかのマウントに発展しやすいですし、私の場合はこれまでに「ファンです!ところで何に出ているんですか?」という絶対にファンじゃない人の軽はずみな発言に傷つけられた経験が何度もあるので「ファン」という言葉には警戒心が人一倍強いです。話は戻って鍼灸院。隣のお嬢さんは施術中によくまあこれだけお喋りが続けられるなと感心してしまうほど、このあとも延々と話しを続けていたのですが、それがずーっとつけ麺の話だったんですよね。私、たぶん一生分のつけ麺の話を聞いたと思います。それを耳にしながら、会話というのはつくづく難しいものだなと感じました。子どもの時に不思議だったどうして大人がやたらと天気のことを話すのかも、大人になった今は非常によくわかります。会話の難しさは永遠の課題。先日も職場で昼休みに、私がウルフギャングのハッピーアワーで羽目を外したという話で女子たちと盛り上がっていると(第276回『値上げラッシュ』参照)、1人の20代男子が「ウルフギャングっていまいちじゃないですか?」と言いながら割り込んできました。この時点でカチンときましたが、大人な私は「そう?」とだけ返しました。「僕、ハワイのウルフギャングに何度も行ってますけど、そんなに美味しいかなって」私はこういう誰も幸せにならない会話をする人の神経が本当にわからない。心の中では「あのよー、今、ウルフギャングが美味しい美味しくないの話してたか?してねえだろ?ハワイ?丸の内の話してんだよ。そもそも、おめえに話してねえだろ?」とつぶやきつつも「まあ、好き好きあるよね。私は好きだよ」とにっこりと笑顔で会話を終わらせました。こういうことがあると、自分もどこかで誰かに不快な思いをさせているのでは?と不安になります。気をつけなくてはいけませんね。写真は昨年ハワイで行ったウルフギャングです。ハッピーアワーのつもりでカウンターに座ったら「今日は土曜日だ」と言われて、それでも「じゃあ帰ります」なんて言えなくて、泣く泣くオーダーをしたバカ高い上に食べきれなかった何かと赤ワインです。

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2025.11.10 配信

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西山繭子さんINFORMATION

日本の女優、作家。東京都出身。
大学在学中の1997年、UHA味覚糖「おさつどきっ」のCMでデビュー。
テレビドラマを始め、女優として活動。
最近は小説やテレビドラマの脚本執筆など、活動の幅を広げている。
著書に『色鉛筆専門店』『しょーとほーぷ』『ワクちん』『バンクーバーの朝日』などがある。

オフィシャルサイト→FLaMme official website